「14歳からの仕事道」 玄田有史著

14歳からの仕事道 (よりみちパン!セ)
 これまで玄田さんの発言を読んできたものにとって、この本の中に新しい発見はそれほど多くないし、「14歳の」とあるにしては多くの14歳にとって、理解するのはなかなか難しい内容だと思う。漢字にルビが振ってある以外、中学生一般向けの内容とは言いがたい。
 でも、それが「14歳」でなく、アルバイトを1度でもしたことがある高校生や大学生、社会に出て仕事や生き方に悩む20代、30代の社会人なら、内容はよくよく理解できるし、少なからず勇気を与えてくれる本だと思う。そういう人にこそ薦めたい本だ。
 玄田さんの本の中では、一番短く読みやすいが、メッセージは明確に伝わってくる。
 「ニート」という問題が日本でも急速に進行しつつあり、将来的に日本の存立を左右しかねない重要な問題であることを提起し、研究者の間だけでなく、社会全体のテーマとして広く知らしめた人の1人が玄田さんだ。
 ニートの問題もそうだし、雇用者と被雇用者のミスマッチの問題なども、このところ取りざたされているけれど、自分の経験からも、小学校や中学校で、早い年齢から「働くこと」や「仕事」について、もっともっと多くの情報を提供し、相談できるような環境をつくるべきだと、私はかねがね思っている。そんな思いも手伝って、来年中学生になる姪にプレゼントしようと思ってこの本を購入したのだった。
 だからその点ではちょっとあてがはずれた。
 玄田さんの発言にはこの数年注目してきた。正直に言うと、本や発言を読んで、まず、私が惹かれたのは、その内容以上に、文章から伝わってくる玄田さんの人柄である。東大を出てハーバードやオックスフォードにも客員、東大の助教授を務められている気鋭の労働経済学者なのに、その発言は、ある意味自信なさげだったり、謙虚すぎるくらい謙虚だったりする。自分の意見を一方的に押し付けようとはしない。この本にも書いているが、「わからない」ことは「わからない」と言ってしまう。「だから、あなたはこうしなさい」などとは言わない。いや、言えないのだ。人間は1人1人価値観も目標も、なりたい自分も違うから。その限界をわきまえた上での発言である。こういう立場で発言する勇気のある学者は少ないと思う。
 玄田さんのメッセージとは、まず「仕事」は、もともと楽なものじゃない。だからみんな悩んだり苦しんだりするけれど、それは君だけじゃない、ということだ。お金とか社会的成功とか、既存の価値観に振り回されないで、必ずある「自分にあった仕事」を見つければいいんじゃないか−−だから、あまり悩みすぎないこと。それこそが玄田さん言うところの「ちゃんといいかげん」ということだ−−と、玄田さんは、玄田さんらしい熱さで語っている。
 それがどんな仕事であれ−−アルバイトだろうが派遣社員だろうが関係ない−−仕事をすることは生きることと同義なのだ。つまるところ、仕事の問題とは哲学の問題なのである。だから仕事は、人生と同じように苦しくつらいことも多い。だけど、それがまさに生きるということであり、生きて、人とふれあい、ささやかでも人の役に立つことは、喜びももたらしてくれる。誰だって基本的には楽しく人生を過ごしたい。だったら仕事を楽しめるような心の持ち方、仕事の選び方をしようよ、自分らしい生き方(仕事)を選ぶなら、それはそんなに難しいことじゃない、チャンスは必ずあると、玄田さんは言っているんだと思う。
 ただ、というか、だからというべきか、ここに書いてあることはどれも簡単なようで、実際にやるのは、それほど簡単ではない。「自分の弱さと向かい合う」と言われても、「はい、そうですね」と克服すべく行動をはじめられるかといえば、「そんなことできるなら最初からやってるさ」ということになりかねない。
 この本に書いてある重要なことは、そういう意味では当たり前のことばかりなのである。しかし、何が当たり前なのか、を見極めることは本当は難しい。この本を読むことは、固定観念や時代的な背景にとらわれないで、人が仕事をする(生きる)うえで、当たり前といえば当たり前のことを、いかに当たり前か、読者一人一人が検証していくことでもあるように思う。
(初出 Hatena Diary“悠々楽園” 2006/7/3)