今年も上原ひろみのコンサートに行きました。

Hiromi's Sonicbloom JAPAN TOUR 2007 TIME CONTROL

 少し時間がたってしまいましたが、11月23日(金)ZEPP NAGOYAで行われたコンサートに行ってきました。
 世界中を巡る上原ひろみにとってこの時期のJAPAN TOURは「ご褒美」だと、今年のMCでも語っていました。今年で3年連続3回目、私にとっても彼女のコンサートに来れることは、他に容易に代え難い喜びとなりつつあります。「今年もやってきました!」みたいな気持ちの高ぶりがあります。まもなく冬を迎えようかというこの時期に、なんだかんだあっても(なくても)、とにかくまた今年も、上原ひろみと彼女の仲間たち(今年のバンド名はSonicbloom)のステージをこの目で見、その音の波をまもなく身体で感じられることへの期待。そして上原ひろみのパフォーマンスは決して観客を裏切らないのです。彼女の音楽もステージも言葉どおり命がけです。彼女の圧倒的なパワーがシャワーのように降り注ぐホールに約3時間身を置き、「また明日からがんばるか。来年もまた来よう」と、その気にさせられるのです。もちろん今年もそう思いました。
 上原ひろみはデビュー以来おおよそ1年に1枚アルバムを発表し、アルバム名を冠した世界ツアーを行い、冬の始まろうかという11〜12月日本に「里帰り」するというリズムになっています。ちなみに、これまでに出したアルバム名と日本でのリリース日、および昨年、一昨年のコンサートについての私のブログは以下の通りです。
◆anothermind (2003.6.25)
◆BRAIN (2004.4.21)
◆Spiral (2005.10.19)
■2005年の名古屋公演についてのBLOG:http://d.hatena.ne.jp/Uu-rakuen/20051125
■2006年の名古屋公演についてのBLOG:http://d.hatena.ne.jp/Uu-rakuen/20061215/p1
◆Time Control (2007.2.21)
Time Control (Hybr)

上原ひろみはフューズを加えて新たなステージへ

 「Time Control」から、ダブルネックのエレクトリック・ギター奏者フュ−ズことデヴィッド・フュージンスキーが加わりました。この日の実演に接するまでは、実を言うとそれがプラスだったかどうか多少ギモンでした。
 トリオというスタイルは、ソロは別にして「最小単位で最大効果」的な機動性とインパクト、それでもって表現力も併せ持ちうる究極のスタイルだと思いますが、そこに新たな楽器を加えるというのは、大きな「挑戦」と言っていいと思います。
 しかし、上原ひろみは常にチャレンジし追い求め続ける人なのであえて安定をぶち壊す方向に動いたのでした。そういうことがCDだけ聴いていてはわからなかった。CDで聴いただけだと、ギターが加わって音楽が複雑になった分、曲ごとのインパクトは弱まり、その分音楽が伝えようとするイメージも一回り小さくなったようにさえ思えました。それはおそらく私だけの感想ではなくて、HMVのリスナー評などでもそれまでの作品に比べて1段評価が低くなっています。評価が下がったもう一つの理由は、それまでのリスナーが期待していた音楽と違った−−良い意味で期待を裏切った部分があったからだと私は思っています。

フューズの演奏

 というわけで、今年のコンサートの注目はなんといってもフューズという男がどんな演奏をしてくれるのか、バンドはうまく進化を遂げたのだろうか、ということでした。
 この日の2曲目「DEEP INTO THE NIGHT」は、短いピアノの序奏に続いてフューズのソロが音楽全体を支配する美しい曲です。長いキャリアもあれば、このバンドでの初演奏でもないのでまさか緊張していたわけではないと思いますが、音がしっかり出なくてふらついた感じでした。このあともソロでは幾度か似たような印象をもちました。ソロは誰でも緊張するんでしょうが、演奏能力の問題じゃなく、フューズはソロはどうも苦手みたいですねな。ところが他の楽器が加わってくる中でギターが主役となるよう聴かせどころでは、実に心のこもったすばらしい演奏を聴かせてくれました。しかも彼はノリがいい! きっと普段から陽気で楽しい盛り上げ役なのだろうと思います。
 途中ギターだけが「お休み」で椅子に座っている場面が何度もあって、少しホッとしたような、でもつまらなそうな風様子に見えました。演奏もそうですがフューズは繊細な男なんだと思います。私は実演で彼の演奏を聞いて彼のギターの表現力の深さ、それを実現する演奏力の高さに、圧倒され、大好きになりました。上原ひろみが選ぶのだから当然と言えば当然ですが。
 アンコールの「お約束」になりつつある「RETURN OF KUNG-FU WORLD CHANPION」だったと思いますが、尻を振り振り演奏しながらベースのトニーに「お前もやれよ」と合図して二人でそんなことやってました。恥ずかしがり屋のトニーはちょっと照れくさそうでしたが。そういうノリもうまくまとめればこのバンドにはプラスになるでしょう。そして上原ひろみには弱冠28歳にしてそういう「統率力」も間違いなく備わっているのです。

血や傷もいとわない魂の演奏

 結婚したせいもあるのか、この日の上原は昨年より少しふっくらした感じ。衣装もカンフー風から少しドレッシーに。でも靴は黒のスニーカーで、ダイナミックな演奏スタイルはもちろん変わってませんでした。アンコール前のMCでは、タオルでひじの血を拭きながら登場し「演奏しているときはほとんど意識がないのでぜんぜんわからなくて。でもピアノに血が付いてたのでびっくりしちゃいました。よく青タンとかできてるんですけど」なんて言ってました。
 「NOTE FROM THE PAST」だと思いますが(CDを聴きなおしてみたんですがこの曲に間違いないか確信がもてません)、ピアノの弦を直接はじいたり、鍵盤の上の板をたたいたりなんてこともしてました。ケージのプリペアード・ピアノなんかでもやるし、画期的ということでもないですが、あらゆる可能性を追求したいという姿勢の表れだと評価したいとは思います。
 アンコールではピアノ・ソロの「GREEN TEA FARM」を期待してましたが、上原はここでも同じことをいつまでもやっているつもりはない」というこのように、新しいピアノ・ソロ曲を披露してくれました。宮沢りえ主演の映画「オリヲン座からの招待状」のメイン・テーマ「PLACE TO BE」です。静かないい曲でした。今のところサウンド・トラックのアルバムを買うか(この曲だけが上原の曲・演奏)、ネットで1曲だけダウンロードするかしか聴く方法がなく、ぜひ次のアルバムのボーナス・トラックか何かでカヴァーしてもらいたいですね。
映画「オリヲン座からの招待状」オリジナル・サウンド・トラック

上原ひろみは妥協しない

 フューズを加えた新たなツァー、最高でした。「TIME OUT」からは、1階はスタンディングと手拍子の嵐に包まれました。1階はフラットな床なので前の客が立ち上がるとステージが見えないから立つしかないわけですが、まあそのようにしてスタンディング・オベイションというのは会場に拡がっていくんでしょうね。もちろん演奏がすばらしいから立ち上がる人があらわれるわけですけど。そういう中にいるとコンサートと言うのはまさに観客が一緒になって作り上げる一夜の奇跡、二度とないLIVEなんだと改めて思いますし、今年もすばらしい時間を共にできた喜びもじわじわ沸いてきたのでした。
 トニーとマーティンの演奏はますます安定感を増して、技術的にも精神的にも揺らぎの少ない確固たるものへと進化した気がしました。上原ひろみはたぶんそういうトリオの状況がうれしくもつまらなくなったのだと思います。言い方を換えれば、「このトリオでのステージはもう極まった」、そういうことではないでしょうか。同じ方向でさらに演奏に磨きをかけていくような道もあるし、そのほうが居心地が良く、ラクチンなはずですが、彼女がそんな選択をするはずがありません。だから彼女はかねてから知っていて、その演奏が大好きだったというフューズをあえて加えたのでしょう(「DOUBLE PERSONALITY」は録音にもフューズが参加しています)。
 ギターを加えたのは、ベースやドラムのようなリズム系の楽器ではなく、それがメロディを奏でられる表現力の高い楽器だったからにほかなりません。これまではメロディはほとんど上原のピアノとキーボードの担当でした。トニーのベースと(トニーのベースはその楽器特性からしたらおそろしく表現力があるわけですが)私の大好きなマーティンのsolidで自在なドラムの上で、自由に好きなように上原がメロディを奏でていた。しかし、もうこの三人なら目をつぶっていても、どのようにでも演奏できる。それを壊し、波風を立て、乗り越えるべき新たな壁の役目を担わされたのがフューズということになります。ヴァイオリンのような楽器もひょっとしたら検討した可能性があると私は思っていますが、フューズというすばらしいプレイヤーが近くにいたことが決定的だったのかもしれません。メロディを奏するギターとはあるときは闘いになるかもしれない。闘う相手が欲しかったんでしょうね。そして不足のないすばらしい相手がいた。ダブルネックのエレクトリックギターという選択はバンドのオリジナリティの上でもステージングの点でも、意表をついた楽しいアイデアだと、今更ながら上原ひろみの才能に恐れ入ります。
 いずれにしても今度は上原だけでなくフューズも「歌う」。ここに昨年までのトリオとの決定的な差があります。音楽はより複雑になり、アレンジなどもより難しくなるでしょう。その代わり音楽表現の可能性も広がる。今日より明日はもっと良くしたい。上原はいつもそう思っているのです。そして、さらなる高みを目指し続けることを彼女はやめない。すごい人です。
 見た目的にもどうかと思っていましたが、ステージ左から上原、トニー、マーティン、そしてフューズ。なかなか悪くないと思いました。まあでもこれ以上は増やせないですね。
 来年はどうなるんだか楽しみです。また来年も来れるように私も一年がんばろうと思ったのでした。

■この日の曲目
TIME DIFFERENCE
DEEP INTO THE NIGHT
TIME & SPACE
TIME FLIES
TIME CONTOROL OR CONTROLLED BY TIME
(休憩)
TIME TRAVEL
NOTE FROM THE PAST
DOUBLE PERSONALITY
TIME OUT
(アンコール)
PLACE TO BE (SOLO PIANO)
RETURN OF KUNG-FU WORLD CHANPION