イチローと中田〜ベースボールとサッカーの違い

イチローのすごさ

 イチローのメジャーでの安打数が、日本での安打数を超えて1,279本になりました。すごいですね。
・日本 1,278安打/951試合(1試合平均1.344本)
MLB 1,279安打/897試合(1試合平均1.426本)
 日米では年間の試合数が違うので「何年で達成したか」とか「年間何本打ったか」という比較は単純にはできませんが、相手がメジャーの投手ということを考えても、54試合早い到達ということは、イチローが進化し続けてきたことを証明しています。
メジャーでは同じ投手と対戦する確率が日本に比べるとずっと低い。つまり少ない経験から直感的に判断する能力(センス)と、それを高い確率で確実にミートし、バットコントロールする能力(技術とパワー)が必要です。
しかも、年間の試合数の多さ、過密なスケジュール、ホームとアウェイの移動距離が長いなど、試合以外の部分での肉体的負担も格段に大きい。引き分けもなければ、雨天コールドもない。メジャーでいい成績を残すには、さらに強靭な肉体を作り上げ、これを維持することが要求されるといっていいでしょう。日本での比ではないと推測されます。無論肉体だけでなく精神的な強さと安定がないと、瞬間的にはともかく、年間を通じて、あるいは何年にも渡ってトップレベルの成績を維持することは不可能です。イチローにしても、昨年はかろうじて3割200安打をキープという成績でした。言葉の問題も人によっては大きなストレスになりうる。
ただ、フィールドのほとんどが芝なので、守備で怪我をする確率だけは低い(巨人の高橋由伸が今年2度守備で大怪我をして戦線離脱。巨人の急速な成績ダウンの一因となりましたね)。
イチローのすごさは、瞬間瞬間のプレーの集中力、爆発力、精度の高さだけでなく、シーズン、あるいはキャリアを通じてこれを高いレベルで維持し続け、結果を出し続けるスタミナの両方を実現している点にあるのです。陸上でいえば、100m、400m、1万m、マラソン、全部でトップレベルみたいなものです。
 日本でのイチローは「高校を出たばかりの新人」に過ぎませんでした。メジャーでは、すでに「日本で7年連続リーディングヒッター」を獲得し、年間最多安打を放った選手としてスタートしたわけですから、1年目の成熟のレベルがまったく違います。そういう意味では、メジャーでの安打が多いのは当たり前という見方もできます。しかし、長くやっていれば、怪我や故障のリスクも高まる。イチローのストイックな練習ぶりや道具への気遣い、相手への研究など、常に努力を続けてきたからこそ今があるのは疑いようもありません。

サッカーとベースボールの違い

 イチローは、よくサッカーの中田英寿と比較されます。イタリア・セリエAMLBも、サッカー、ベースボール、それぞれの最高レベルのリーグであることは誰にも文句はないでしょうが、実績だけを比較するなら、イチローの成績は圧倒的です。
 昨年引退した長谷川滋利が解説の中で言っていました。「メジャーの日本選手で本当に認められているのはイチロー君だけですから」と。王、長島、釜本などが日本を出ていればその可能性があったかもしれませんが(特に王さんにはそのストイックぶりからしても大いに可能性があった気がします)、日本のプロ・スポーツ選手で、イチローに比肩しうる選手はいません。私の最も好きな野茂でさえ、イチローに比べれば、その実績はかすんでしまいかねない。野茂にはイチローにはない、まったく別の魅力があるんですけれど。
 サッカーの場合は特に、どこまでもチーム・スポーツだという点で、ベースボールとは違います。選手個人の成績が数字で評価されるポジションはフォワード=ストライカーだけです。他のポジションでは、評価は概ねサポーターや解説者、新聞記者などの主観によるところが大きい。
 チーム・スポーツとはいえ、ベースボールでは、(細かいところはともかく)心理的な要素や守備での連携を除くと、プレーの一つ一つは個人の仕事として完結しています。アメリカンフットボールほどではないけれども、ベースボールもまた、アメリカ的なスポーツの嗜好−−すなわちデータ、記録の楽しみ−−に沿ったスタイルを本質的に持ち合わせています。
 サッカーではそれほど数字にこだわりません。むしろインプレッションが重要です。それは、ベースボールの普及地域がいまだ北中米、アジア極東に偏っているのに対して、サッカーは世界中にあまねく普及し、世界最大のスポーツイベントがFIFAワールドカップであることと無縁ではないと思います。国を背負って戦うことの重さはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の比ではないのです。そこには個人を超越したより大きな誇りへの強い意識が――良くも悪くも――存在します。

誰のもとで仕事をするか、誰と一緒に仕事をするか

 中田の不運は、何といっても監督とウマが合わなかったことでしょう。
 イチローオリックスで仰木さんという名伯楽に出会わなければ、ひょっとしたらつぶされてしまっていたかもしれない。イチローは幸運でした。メジャーでもマリナーズという、(すくなくとも当時は)すばらしいチームを選ぶことができ、ピネラというすばらしい監督がいた。これが成功の大きな要因だと思います。
 同様に、野茂はドジャースラソーダと、松井はヤンキースでトーリと出会ったことが大きかった。監督だけでなく、入団した時点での両チームはほんとにいいチームでした。目指すべき目標は手の届く範囲にあったし、選手個々の個性が際立っていて、目標に向かってチームがまとまっていました。だから強かった。

中田が手にしたもの

 選手としての中田はローマを出て以降、試合に出られなくなって急速に輝きを失ってしまいました。試合に出られない状況というのはプロ選手にとっては致命的です。高いレベルの選手であればあるほど、肉体的にも精神的にもそのパフォーマンスを維持するためにはさらに大きな努力を余儀なくされるのは明らかです。サッカーをすることの純粋な喜びはさらに実感できなくなり、中田はすっかり疲れてしまったのだと思います。
ただ、中田はサッカーというグローバルなスポーツを選んだ結果、イチローとは違うすばらしいものをいくつも手にしました。ワールドワイドな経験、視野、コミュニケーション力、そしてアジア・日本を代表するトップ選手としての世界中からの敬意などがそれです。そしてイチローにも負けない強い誇りを手にした。
 そんななかで、中田の人生において、(プロの選手としてプレーするという意味で)サッカーの比重が、どんどん小さくなっていったことは容易に想像できます。その結果が、29歳という若さでの引退につながったわけで、びっくりはしたけど不思議でもありません。

今期のイチローメジャーリーグを楽しもう!

7/28現在のイチローの主な成績です。
■安打数 149(アメリカン・リーグ1位。2位ボルチモアのテハーダに14本も差をつけています。現在101試合消化ですから、このペースだと、年間162試合で239本になります。2004年に作ったメジャー記録262本にはちょっと距離がありますが、移籍一年目に記録した242本に並ぶペースです)
■打率  .346(アメリカン・リーグ3位。ニューヨーク・ヤンキースジータとは1厘差ですが、トップのミネソタ・ツインズ、モウアーは.375とかなり差が開いています。この選手は高校時代三振を1度しかしたことがないとかで、それを聞いたイチローが猛烈にライバル視してるようです)
■盗塁  34(アメリカン・リーグ4位。トップは松井稼頭央とショートを争い、勝ったメッツのレイエスで、41個。盗塁王はなかなか厳しい状況ですが、メジャー移籍以来6年連続の30個以上をすでに達成。これは現役では確か2人目だったはず。盗塁王を獲得した2001年の56個達成が可能な状況です)
三塁打 6(アメリカン・リーグ4位タイ。トップは11)
■得点  74(アメリカン・リーグ4位。トップは82)
出塁率 .399(アメリカン・リーグ9位。1位はまたしてもモウアーで.449)

 ちなみに、イチロー以外の日本人でトップ10に入る成績を残しているのは、大塚のセーブ数21(アメリカン・リーグ8位)だけです。メジャーでは抑え投手は各球団1人しかいませんので、まずこのポジションを確保することが至難を極めます。しかも防御率2.30。ついこないだまで1点台でした。これはすごいことです。怪我がなければ、松井が打点・2塁打・打率あたりでベスト10近辺にいるとは思うのですが。
 井口や城島も立派な活躍をしてると思いますが、数字で見る限りイチローはやはり桁違いです。
※さらに詳しくはMLBの公式HPのStats(左の「Uu-rakuenのアンテナ」にもあります)を参照されたし。

出塁率OBP =on base percentage)

 日本では出塁率(ヒットだけでなく四死球もカウントする)などほとんど気にも留めませんが、アメリカでは今やとても重視されています。なぜなら、ビリー・ビーンというGMが、打率やホームランではなく、OBPを重視して選手をかき集め、弱小球団だったオークランド・アスレチックスを、ヤンキースの1/3の年俸総額でリーグトップクラスのチームに変貌させたからです。私はまだ読んでいませんが本が出ています。そのうち読んでみたいと思っています。
マネー・ボール (RHブックス・プラス)

メジャー・リーグ・ベースボール(MLB)の魅力

 数字を追いかけるのも、歴史のあるMLBを観るときの大きな楽しみですが、もちろんそれだけではありません。
 何よりもまず、緑々とした芝のフィールドの美しさ、青い空・白い雲との対比の鮮やかさがすがすがしく、気持ちいい。それから個性的で歴史と文化の香りが漂うボールパークがいい(日本の球場はドームだらけになってきましたが、メジャーでは開閉できないドームは少ないです。個人的にはドーム球場は大嫌いです。だって空が見えませんから)。
 鳴り物もなく、誰にも強制されることなく、自分のスタイルで野球の音や匂いをみんなが自由に楽しんでいる雰囲気がまたいい。スタンドの客は、赤ん坊から老夫婦まで、老若男女、肌の色も取り取り。誰もがベースボールをこよなく愛していることが感じられます。その時間と場所は、誰にとっても、誰にも束縛されない。ただただベースボールを楽しむだけの喜びに満ち満ちた時空だと、画像を通してさえはっきり伝わってきます。そうした限定された時空は、人が生きる時空の本の一部にしかすぎず、全体に敷衍して語るのは幻想にしか過ぎないにしても、愛や平和や正義を、少なくともそこでは誰もが信じて疑わないように見えます。一つにはベースボールがアメリカの国技だからなのでしょう。彼らの歴史や文化に根ざし、人々に支えられて続けられてきたベースボールはアメリカでは生きることの一部であり、彼らの誇りや喜びとなって人生にしみこんでいるのです。
 そして、もちろん最高レベルの選手たちの華麗なプレー。信じられないようなパワーとスピードが魅力であることは言うまでもないことです。