小澤&サイトウキネンオーケストラのコンサートに行ってきました

Uu-rakuen2006-09-16

 9月11日、松本文化会館で行われたサイトウキネンフェスティバルのオーケストラ・プログラムを聴きました。2001年以来2度目のサイトウ・キネン・フェスティバルです。

武満徹 ディスタンス /笙:宮田まゆみ オーボエ:加瀬孝弘

 1曲目は小澤と−−そして松本、サイトウキネンとも関係の深い武満の曲から始まりました。もともとは「セレモニアル」の予定でしたがプログラムが直前に変更になりました。なぜかはわかりません。「セレモニアル」はここで、小澤、サイトウキネンオーケストラ(SKO)、宮田さんで初演された曲で、少し前にN響定期演奏会でも演奏されていました。この時のソリストも宮田さんでした。私の好きな「波の盆」を髣髴とさせる曲で、生で聴けるのを楽しみにしていたので少し残念でした。
 「ディスタンス」は、初めて聴きましたが、より現代的な作風で、わかりにくいというのではないけれども、聴きにくい曲ではありました。オーボエと笙のみによる曲です。笙の音というのはパイプオルガンを聴くようで、その形も小さなパイプオルガンのようでもあります。その音が湧き出り立ち込める空間はまさに1つのミクロコスモス。不思議な、そして魅力的な楽器です。照明が落とされ、2m四方ほどの黒い壁面がステージ中央の少し高いところに立てられ、白い靴、白いドレスの宮田さんがその前に立ち、オーボエはステージの手前中央で演奏されました。オーボエではなく尺八のような音、そして演奏振りでした。熱演でした。
 扉の外にはこの曲の自筆譜が展示されていましたが、几帳面に書かれた美しいスコアでした。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第5番「皇帝」 /ピアノ:内田光子

 内田光子さんのピアノを生で聴くのは初めてでした。緑色のふわっとしたオーガンジー様の服をまとったパンツルックの内田さんが、深々と−−アルゲリッチも本当に深々とお辞儀をしますが、それよりもっと大きく腰を折って−−挨拶して演奏が始まりました。
 この晩は、ミスタッチが何度かあって調子はあまりよくなかったのかもしれません。あるいは「皇帝」のような曲では、やはり強い打鍵が必要で、特にフォルテッシモでは若干無理な力をかけねばならず、それが影響したのかなとも思いました。しかしながら緩徐楽章の繊細なパッセージでは、流れるような軽やかな演奏で、さすが世界で活躍するトップ・ピアニストの一人であることを証明するような美しい音楽を奏でていました。ダイナミクスも十分でした。演奏後の小澤は、いつになく興奮気味な様子でした。

ショスタコーヴィッチ 交響曲 第5番

 そして、この日の白眉はなんといってもこの交響曲であることは疑いを入れません。これはもうとてつもない演奏でした。各パートは小澤の指揮に寸分の狂いもなく反応し、その音は完全に統御され、正確さを極めている(と感じました)。
 それにしてもこのSKOというオーケストラの力量はとんでもない。私はそれほどたくさんのオーケストラを聴き比べたわけではないので、100歩譲って間違っているかもしれません。しかし、この夜の演奏と同じくらい高いレベルの演奏が世界中にそう多くあるとは思えない。各演奏者は単に識者の言うがまま演奏しているのではなく、考え抜いた上で、要求された音以上のものを出すことに専心していて、そこに不調和を生じない、そういった演奏だと思いました。フルートに工藤重典、クラリネットにはあのカール・ライスター、ハープには吉野直子。そのほかにもそうそうたるソリストがオーケストラの団員として、小澤の下にまとめられている。これはものすごいことだと思います。何かに対する一本筋の通った信頼感−−それが小澤との絆なのか、齋藤秀雄先生への感謝なのか私にはわかりません、あるいはその両方であり、すばらしい音楽を創出できることへの希望といったものもそこにある気がします−−がない限り、ありようのない奇跡的なオーケストラだと言っていいのではないでしょうか。
 演奏が終わった後、「ブラボー」の声があちこちから飛び、会場の拍手は鳴り止まず、3度、4度と全員がステージに戻ってきて、最後は観客全員スタンディング・オベイションとなりました。小澤は仲間たちと握手を交わし、肩を抱き合い、この演奏者たちの一人に過ぎないとでも言うようにみんなの輪の中に埋まり、拍手に応えていました。こういう演奏会は私も初めてのことでした。
結局アンコールは1曲もありませんでしたが、その達成感に満ちた様子は「ごめんなさい。全精力を使い果たして、もう今夜これ以上お聴かせできる音楽はないんです」と言っているかのようでした。
 この演奏を聴けたことは、当夜の私たち観客にとって、一期一会といえるすばらしい体験だったと思います。何よりうれしかったのは、病気療養から戻った小澤の元気な姿でした。私も「オザワ−!」と思わず声が出てしまいました。
 小澤の音楽は−−誰にしてもそうかもしれませんが、小澤ではより生の演奏を聴く感動は、CDとは比べられないと私は思っています。
 すばらしい一夜になりました。