それでも私はがっかりした。なんでだろう? 日本シリーズ第5戦 中日vs日ハム(1-0)

 7回終えて中日先発の山井がパーフェクトの投球だという。ダルビッシュもすでに11三振、1-0だが、その1点は犠牲フライによるものだという。こりゃ、確かにすごい試合だ、と真剣に見ることにした。
 ダルビッシュは、見る気をそそられる日本では数少ない選手のひとりだ。ただ、今夜のダルビッシュの球は、疲れのせいか、(ダルビッシュにしては)へなちょこだった。ストレートが遅い。それでも11三振。今やダルビッシュは日本球界では図抜けた存在だと思う。奇しくも中日・今中以来選考7基準すべてをクリアしての沢村賞投手だそうだ。まだ時々コントロールが定まらないときがあるが、まだ入団2年目のピッチャーだ。いつかそのうちヒルマンがロイヤルズに連れて行ってしまわないか心配なファンも大いに違いない。もっとも本人がメジャーには全然興味がないと言っているけれど。
 さて本題はここから。山井は8回もランナーを出さず、「いやいやこれはすごいことになってきたぞ。今日見に行ってたファンはラッキーだな。日本プロ野球史上初の日本シリーズでの完全試合が見られるかもしれないんだから」と私は嘯いたのだった。我が家では、どんなスポーツでもたいてい、岐阜と北海道と沖縄の選手・チームを応援してしまうので、今夜も北海道・日本ハム・ファイターズを応援していたのだった。北海道出身の家人は7回にはすでに負けが決まったかのような口ぶりで、すっかり落胆していた。だから私はこうつぶやいた。
 「これはでも、日ハムにもまだチャンスがあると考えることもできる。僅少差の勝ちゲームなら9回(シリーズなら8回からでも)は岩瀬が出てくるのが中日の必勝パターン。こないだの投球を見ても日ハム打線はそうそう打てないだろう。なんたって3年連続40セーブ以上という記録を今年作った日本球界では屈指の抑え投手だ。キレがすごい。ヤンキースも狙っているらしい」しかし、だ。
 「しかし、いくらなんでもあと1回を投げきれば完全試合のピッチャーをノーヒットのまま代えられる訳がない。中日の日本シリーズ制覇は(この試合に勝てば)53年ぶりだが、毎年どこかのチームが日本一になる。だが、完全試合自体が何十人もいない上、日本シリーズでは初めてだという。こんなチャンスは再びあるかどうか。そのチャンスを奪えるわけがない。落合はそんなことしないと思う。今夜の山井は確かにキレがある。コントロールもすばらしい。でも、ストレートはMAX142、3kmだし、ものすごい球があるわけでもない。いいとき同士比べたら、球は速いし、フォークもあるし、祐ちゃんのほうがすごいかもしれない。史上誰もいないと言うことは、ヒットが出る、ランナーが出る確率のほうが高いということでもある。だからまだ1チャンスあるかもしれない」と、私は言った。
 ところが、である。森コーチと言葉を交わしばがらベンチを出てきた落合監督は「ピッチャー、岩瀬」と審判に告げたように見えた。「シンジラレナイ」とヒルマン監督はベンチでつぶやいたかもしれない。

 結局岩瀬はカンペキに抑え、見事中日は優勝。勝利監督の落合はまず山井のピッチングを褒め称えた。インタビューを聞く山井がTVに映ったが、一応笑顔だった。私は甲子園での松井秀喜4連続四球を思い出してしまった。
 「ヒットを少なくとも1本打たれるまで落合監督は山井を代えないだろう」と考えた根拠を書こう。
 この日本シリーズの第1戦でも、ワールドシリーズでも、先発はエース同士のぶつかりあいだった。このシリーズに勝つことだけがシリーズを戦う目的なら、たとえば、ダルビッシュと投げ合って川上が勝つ確率よりも、第2戦で他の投手にぶつけたほうが勝つ確率はずいぶん高くなる。川上はやっぱり相当にいいピッチャーなのだから。ベケットとなるとさらにその差は格段となるので、ロッキーズのハードル監督が、こてんぱんに打ち込まれてしまったフランシスを第2戦に投げさせることを考えたとしても、さらに不思議はない。
 しかし、両監督とも第1戦エースをぶつけあった。単純な勝ち負け以上に、選手のプライドを大事に考え、最高のゲームを戦うことになった選ばれし者であるという気概を見せたのだと私は思ったのだった。だいたい勝負とはそういうものだろう。顔を背けたほうが負けなのである。仮にそのとき1度は勝てても次はひどいしっぺ返しを食うのが常だ。頭丸刈りといい、さすが異端と言われながら三冠王を何度も取るような大した勝負師だったものなあ、と恐れ入ったのだった。
 ところが、最後の最後、シンジラレナイ投手交代を見ることとなった。そこにどんな心理の綾があったのか考えるのは、それはそれで面白くないわけではない。でも、実際にプレーしている選手はどうなんだろう? 中日ファンはどうなんだろう? 球界OBや関係者はどうなんだろう?
 山井はシーズン中の成績からすれば確かにできすぎだったかもしれず、9回も山井なら、岩瀬が出てくるよりは日ハムにチャンスがあると思っていたのは既に書いたとおりだ。だから、論理的な判断としては多分落合監督の選択は間違っていないだろう。シーズンどおりの野球だという言い方もできる。しかし、シーズン中なら山井を代えたろうか? それはやはり短期決戦だし、日本シリーズだからにちがいない。1点差ではホームランを打たれれば同点だし、パーフェクトやノーヒッターのピッチャーが1本のヒットからあっという間に負け投手になるようなシーンは何度も見たことがある。中日にとっては「悲願の」シリーズ制覇だし、この試合を落とすことになると、第5戦は再び札幌。是が非でも負けるわけにいかない、というのもわかりすぎるくらいよくわかる。
 それでもなお私は思う、プロ野球で、しかも日本シリーズだからこそ山井を代えるべきではなかったのではないか、と。なぜなら、ファンも山井も「日本野球史上初! 日本シリーズでの完全試合達成」の瞬間を見る可能性を奪われたのだから。後悔したくなかっただろう落合監督の気持ちもわからないではない。大変なプレッシャーの中抑えた岩瀬もすごかったと思う。もし9回山井続投でホームランでも打たれ逆転負けでもしていたら、山井にも中日にも何も残らなかったに違いない。その意味で落合監督は正しかったのかもしれない。ファンや選手のこともよく考えたと言えるのかもしれない。
 それでも私はがっかりした。なんでだろう? 山井はこれでよかったんだろうか? 中日ファンはこの優勝に充分満足しただろうか? こういうのは“For the team” というんだろうか? そんなことを考えた。あとから振り返ると結果しか残らず、そのとき目の前で見た細かなことは忘れられてしまう。だからどんな勝ち方だろうと負け方だろうと1勝は1勝、1敗は1敗。中身は関係なくなってしまう。しかしスポーツを見るものとして、一番大事なのはそのときどき目のあたりにした感動なのであって、凡人には到底できないようなプレーや世界記録の瞬間に(それがテレビであっても)リアルタイムで立ち会えたときほど興奮する瞬間はない。思うに、他にいくつもすばらしいプレーがあったにしても、少なくとも私にはこの試合の最大の見物は山井の完全試合なるかどうかだった。だからがっかりしたのだろう。53年ぶりのシリーズ制覇がそれに勝る「歴史的瞬間」だと考える人がどのくらいいるのか分からないが、そういう人にとってはこの試合の結果は満足のいくものになったにちがいない。