2008北京オリンピック総括

 終わってみれば、このオリンピックはマイケル・フェルプスウサイン・ボルトの大会だったと語り継がれることになるでしょう。ジャック・ロゲIOC会長は、申請されたデモがすべて却下されたことに苦言を呈しましたが、実際のところ何の効力もなさそうです。
 北京オリンピックでの日本のメダルは、金9銀6銅10という結果となりました。私が開会前に予想したメダルは、
<金18・銀銅17>の計35個。ただこれは期待・希望をかなり反映したもので、より厳しく見積もるなら<金16・銀銅10>と書きました(http://d.hatena.ne.jp/Uu-rakuen/20080808)。
 全体のメダル数だけでいえば結果25に対して26ということで、かなりいい線だったのではないかと思ってます。3位決定戦に惜敗というような、もう少しでメダルという4位も多かったことを考えると、幅広い競技で、期待以上に日本選手団は頑張ったといえるのではないでしょうか。
 五輪観戦の締めくくりとして、個々の競技ごとに予想と結果を振り返ってみたいと思います。(※以下の予想は期待を込めたメダル35個の予想に基づいています)

セーリング

 期待の女子・470級、世界ランク1位の近藤・鎌田ペアは序盤から低迷。予選ラウンド14位で決勝に進めなかった。放送さえなくなぜ、どうして、こういう結果になったのかまったくわからない。男子470級は決勝レースで1位、2位を連発したが最終7位。意地は見せた。
【予想:金1/結果:メダルなし】-1

■水泳

 水泳陣は本当によく頑張った。北島は文句なしの2冠連覇。ありとあらゆるところでありとあらゆる人が語っているから言うことはない。本当に偉業だと思います。背泳ぎ200m・中村礼子の連続メダルはすばらしかった。それから松田丈志の連続メダルもすごかった。手造りのアプローチでも工夫と信念でメダルに手が届くことを証明して見せた。そして男子メドレーリレーの銅。
 水泳はこのほかにも日本新での入賞者が多かった。4年後に期待したいですね。
 水泳のみならず北京の顔となったフェルプスの8冠。スタミナと集中力はけた違いだった。
【予想:金2・銀銅4/結果:金2・銅3】-1

■陸上

 水泳とは対照的に陸上陣には厳しい大会となってしまった。最も期待された女子マラソン野口みずきが直前の故障で欠場。土佐も外反母趾の痛みのために途中リタイヤ。マラソン2回目の中村1人ではどうにもならなかった。男子もスタート前日大崎が欠場を発表。男子では最も期待されていたはずの佐藤は完走ながら最下位。マラソン界にはすでに厳しい声が聞かれている。
 私が思ったのは、補欠システムの意味である。女子補欠の森本は故障と調整不足で走れる状態ではないという。男子は補欠がいたかどうかさえよくわからない。あんなに熾烈な出場枠争いをしたのに、いったいどうしたことなのだろうと思う。
 補欠なのに(つまり出場のチャンスは9分9厘ない)大変な労力をかけて走れる状態にしておくことは、マラソンでは負担が大きすぎて現実には困難だという。補欠はもっと早い段階で欠場が決まったときのためということになるのだろう。男子でも先の世界選手権で金メダルを取りながら補欠になった選手が、同僚の故障で1週間前に出場することになったが、結局途中リタイヤした。
 でもせっかくの出場枠、準備しておくことをいとわない選手に手をあげさせたらどうだろう? 例えば今回だって「Qちゃんが代わりに出るってわけにはやはりいかんのだろうな」なんて思わず考えたのは私ひとりだろうか?
 室伏は残念ながらメダルを取れなかったが、何一つ言い訳もせず、言い訳しなかっただけでなく本当に満足した表情だった。外国の競技仲間と談笑する姿はまさに世界を代表するアスリートの1人と言っていいと思う。日本に室伏がいること自体が誇らしい気持ちになる。
 厳しいなかでも期待した為末、末續は調子のピークをこのオリンピックに合わせることができなかった。でも2人とも本当にやるだけのことはやったのだということがその言葉の端々から伝わってきた。日本陸上界、特にマラソンを除くトラック競技にここまで目を向けさせた立役者である。この二人(ほかにもいると思うけど)には特に、結果にかかわらず何も言うことはない。本当に頭が下がる。お疲れ様でした。
 その末續を含む男子400mリレーには大きなギフトがもたらされた。記録の38秒15はどんな世界大会でもメダル争いにからめる立派な記録だと山崎一彦さんが書いていたが、メダルが取れたことはやはり実力だけでなした業ではないと思う。為末にはそういう意味でのギフトはもたらされなかったけど、出走40分前、急きょ出場となったマイル・リレーで、調子の悪い中必死で走る姿は目に焼きつきました。メダルは取れなかったがそれを雄姿と呼ぶに何のためらいも感じない。
【予想:金2・銀銅2/結果:金なし・銅1】-3

団体競技

 サッカー女子・なでしこJAPANは4位に終わったけど、メダル以上のパフォーマンスで、感動を与えてくれた。特に沢の献身的で、正確かつ決断の速いプレーは本当に素晴らしかった。視野が広いし常に次のプレーを考え動くその姿勢が素晴らしい。結果以上に本人も満足そうだったのがうれしい。

 ソフトは本当によく頑張った。これも試合ごとにブログに書いたことは繰り返さないが、素晴らしいチームだったと思います。OBやソフト界まで含めて一体となっていた気がします。アメリカの強さは本物だったし、実力ということでいえばアメリカのほうが上だったかもしれないと思う。そうでなければ予選でのコールド負けなどあり得ないだろう。でも最後に金メダルを手にしたのは日本だった。
 そういう意味で野球は正反対のまったく残念な結果になってしまった。各試合については当日のブログに書いたので繰り返さないが、野球連盟なのかIOCなのかわからないが、いずれきちんと総括する義務があると思う。「選手が一生懸命やっていない」というような人がいれば怒鳴りつけてでもやればいいと思うが、ただ「頑張ったが結果が駄目だった」というだけで済む話でないこともまた当然だろう。税金も使い、国を代表して参加したのだから。WBCならそんな必要もない。
 星野監督が言ったように、MLBが選手を派遣していないオリンピックでは日本のオールスター・チームが実力でNo.1であることを疑う人は少ないだろう。問題はそういうことではない。
 私はモチベーションの問題が一番大きいと思う。プロである選手たちのモチベーションが−−低いという言い方は正確じゃない気がするが−−、たとえばアマチュア選手が出場した時と比べてどうか想像してみると、モチベーションに+αがない。WBCなら参加するのはプロばかりだからプロ選手にとっても+αがある。
 バスケットを見ても、NBAのスター選手を投入しても、アメリカは金メダルを取れないこともあれば、今回のように勝ったけれど接戦になったりもする。バスケットは野球に比べると実力通りの結果が出やすいスポーツである。ましてや野球で同じことが起こる確率は高くなる。
 「金メダルを取る」には実力のある選手をそろえるということ以上に、オリンピックで勝つためのチーム力を高めるにはどうしたらよいかを考える必要があるということだろう。
【予想:金2・銀銅1/結果:金1・銀銅なし】-2

■柔道

 「昨今、ルールや判定が『柔道』ではなく『JUDO』というべきものになりつつあり、日本人としては歯がゆい思いが残るが、スポーツのルールなんて変わり続けてきた。それを『違う』だなんだいっても始まらない。それでもなお日本は強いことを証明して見せなくてはならない」そう私は書いたが、ある意味まさにその通りの結果になってしまった。
 個人的に最も意外だったのは谷亮子が金を取れなかったこと。しかしあの負け方は、あまりにかわいそうだ。見てた日本人は全員そう思ったろう。谷自身も終了1分前に自分だけに警告が出たことに、その場ではアピールしたが、負けたあとは真の王者であることを誰にも疑わせないような潔さ、柔道家としての大きさを示した。
 一本勝ちで銅メダルを獲得した後も、言い訳も不満も一切口にせず、ただ感謝を述べた。本当にすごいです。
 男子は鈴木の結果が1にも2にもこの大会のハイライトであり、柔道界が今後何を目指していくのかを考える契機となった。一回戦で敗れ、敗者復活でも1回戦で敗れるという屈辱。「これ以上やっても強くなれる気がしない」という発言。ここまで王者をたたき落としたのはなんだったのか?弱いから負ける、と言うが、鈴木が弱いはずがない。問題は別のところにあると思う。柔道における強さ、JUDOにおける強さ、柔道家としての強さ、それぞれ同じではない。では日本の柔道は、日本の柔道家は何をめざし、どんな強化をすべきか、考えるべきことは多い。
【予想:金7・銀銅4/結果:金4・銀1銅2】-4

■体操

 地元中国との差は残念ながら歴然としていた。それでも日本は日本らしい演技で、粘りを見せ団体・銀メダルを確保した。勢いでもって19歳内村が個人総合でも銀をとったが、私は吊り輪で落下しながら演技を続け、最後まで自分らしい演技を見せ4位になった、主将の富田の演技に感動した。
 それからメダルには絡めなかったが、予想を覆して入賞を果たした女子・団体の演技はそれぞれ今の実力以上のパフォーマンスだったと思います。立派でした。
【予想:金なし・銀銅3/結果:金なし・銀2】-1

レスリン

 女子は結局アテネと全く同じ結果となった。中では伊調馨の試合は本当に苦しい試合だった。結果は同じでも各選手の表情はアテネとは全く違った。特に伊調千春浜口京子。それぞれ水泳の松田と同じで、メダルの色は銀・銅でも、彼女たちには金メダルだった。そう言えた伊調千春のすがすがしい笑顔には胸をなでおろした。男子はまったくわからなかったが、松永と湯元がメダルを獲得。素晴らしかったです。
 レスリングのルールで2つ「どうなの?」と思った。まず同点の場合ポイントの内容が同じならあとから追いついたほうがセットを取るというルール。それからポイントがない場合、ピックアップしたボールの色によって、足を取らせ、守り抜けば守ったほうが勝つというルール。スピードアップのためということのようですがどうなんでしょう? 野球のタイブレークなど比べ物にならないくらい変だと思うのですが。
【予想:金4・銀銅なし/結果:金2・銀2銅2】+2

■その他

 その他の競技で最大のサプライズはバドミントンのスエマエだった。人気のオグシオをさておき、No.1シードの中国ペアを破る快挙。欲を言えば3位決定戦を勝ってメダルを取ってもらいたかった。しかしその健闘は称賛に値する。
 卓球は男女ともに大健闘といっていいでしょう。メダルにあともう一息だった。どれもいい試合だったなあ。燃えましたね。
 シンクロはなんとかデュエットのメダルは確保したが、相手のミスのせいもあった。団体では井村監督率いる地元中国に対して足がプールの底につくという大きなミスもあって敗れました。井村さんは素晴らしい仕事をしたと思う。日本はこれをばねにさらに強くなることを期待したい。
 ノーマークだった競技で、メダル獲得、入賞が相次いことは今大会に特筆される。まず銀メダルを獲得したフェンシング男子フルーレの太田。女子フルーレで入賞した菅原の試合も燃えました。それから、4人のシュートオフによる銅メダル争いという前代未聞の展開となったクレー・トラップも熱くなりましたね。おしくも4位となった中山は愛娘の涙あり、薬きょうを投げつけたりと、ドラマチックで、クレー射撃という競技のおもしろさに気づかせてくれた。それからケイリン。賞金レースをやめて年収1/10になりながらも望んだオリンピックで永井が銅メダル。彼の母校・岐阜第一高校は私の行く床屋の近く。チームで敗れた時は、4年後のオリンピックに頑張ると言っていたのに。個人でメダルを取ってしまったからには4年後はどうするんでしょう?
 そのほかトライアスロン女子の井出が銅メダルまで26秒差の5位。カヌー女子カヤックシングルに出場した女子大生・竹下百合子が4位などが、日本の各競技の歴史に一歩を記す画期的な成績となった。
【予想:金銀銅3/結果:金なし・銀1銅2】+-0

とにもかくにも選手の皆さん、関係者の皆さんにはお疲れ様でした。

 余計な御世話だとは思いますが、温泉にでも浸かってまずはゆっくり休んでください。オリンピックは問題も多く抱えてしまいましたが、やっぱり面白い。それぞれのスポーツ本来の持ち味・面白さを発揮できる方向でルールや運営が改善されることを期待したいと思います。それから、運営費はどうするんだとか、いろいろあるとは思いますが、開会式や閉会式などスポーツと直接関係ない部分は極力簡素をこころがけていただき、本来のスポーツの祭典に立ち返りましょう。手弁当だっていいじゃないですか。儲からなくたっていいじゃないですか。レッドカーペットも花火もオペラ歌手もいらないじゃないですか。そう言いたいけれど、そうはならないんでしょうね。
 さまざまな問題を抱えながらも、続けていくということが大事でしょう。いつ何が起こって開催ができなくなるかもしれません。やめたって大して困りはしないんです。それを続けていくところに、ひょっとしたら人間の人間たる所以が存在しているのかもしれないと思ったりします。そういうことが1つまた1つ失われていくと、いずれ人類は滅びるのかもしれません。