「ゲド戦記」観ました。

ゲド戦記」全体の印象

 宮崎駿監督が試写後語ったという「素直な作りで、良かった」という感想は実に正確でした。「素直なつくり」とは、変なプレッシャーや意地などから、背伸びしすぎて原作やジブリらしさをぶち壊しにするような作り方をしなかった、ということでしょう。吾朗監督は、元々そういうつもりはなく、アニメ製作における「自分らしさ」が、ジブリ宮崎駿の延長線上にしかない(今は少なくとも)と語られています。
 しかしながら−−それでもなお−−その画面作りは、宮崎駿とは少し違っていました。それがまず良かったと思います。背景は、大きな構図が多用され、作品のスケールの大きさを十二分に表現していました。その分、宮崎駿的なスピーディーな動きや場面転換は少ない(といってもないわけではありません)。そのせいか、画面が動いていないことを感じてしまうところが多く、アニメとしての作り込みが不足しているように思えて、そこに不満を感じる人も多いのだと思います。同様に、絵の持つ質感についても、書き込まれているところは恐ろしく細やかなのに、そうでないところとの格差が大きく、バランスの悪さを感じました。ただ、自然の描写などはすばらしいと思いました。朝陽の昇ってくる時刻の空の色や光の描写などは特に。
 また、顔の感じなどは駿監督の作るものとは少し違う気がしました(違ってよかったということです)。

わかりにくいストーリーという印象(映画を観てない方はここは読まないほうがいいかもしれません)

 ストーリーは、正直わかりにくいところがあるのは否めません。アレンはなぜ父親を殺したのか? アレンは唯一不死を約束されているとクモは言うが、それはなぜなのか? テルーはクモに殺されたはずなのに、なぜ死ななかったのか? テルーと龍の関係は? いくらクモの魔法のせいであっても大賢人のゲドが弱すぎないか? 原作を全部読んでいればわかるのかもしれませんが、そんな人は少ないでしょうから、明らかに説明不足です。「ゲド戦記」というタイトルなのに、クライマックスでのゲドにパワーがなさすぎなのも気になりました。
 それから、この映画はたぶん「子供」が観ることはあまり意識されていないと思いました。使われている言葉も、ストーリーも子供には難解だと思います。均衡を失い、人間の頭がおかしくなった世界−−親にいじめられ捨てられたテルー、異常気象、人狩りなど−−というテーマは、現代社会の諸問題をストレートに投影して、意欲的ですが、言葉も表現もストレートすぎるし、言葉足らずです。
 もし、大人だけでなく、子供たちにも「生きることの大切さ、生きているものの尊さ」を伝えようとするなら、映画全体に子供たちをひきつける仕掛けや工夫がもう少し必要でしょう。「トトロ」がその最たるものなわけですけど。「ゲド戦記」は、駿監督作品の中では、観終わった後の印象は「もののけ姫」に似ている気がします。また、やや教条主義的な物言いのあるところは「千と千尋の神隠し」を思わせます。

思わず込み上げるのを抑えたシーンは

 最も感動した場面は、挿入歌「テルーの歌」を野原でテルーが歌うシーンでした。手嶌葵の声は心にしみます。歌詞、曲、編曲もすばらしい。歌を聴いてこういう感動を覚えたのは、元ちとせの「わだつみの木」以来です。このCDが、1曲しか入ってないけど(それがいい)、500円というのも企画としてすばらしいですね。
ワダツミの木

この「経験」を元手に次作に期待

 この作品は、巷間言われている興行収入100億というような万人向けの映画とは思えませんが、私は観に行って、「損をした」とは思いませんでした。初監督作品としては、かなりすばらしい出来だと思いますし、今度はもっとすばらしい作品を作ってもらいたいと思いました。その可能性も十分にあると思います。いきなり宮崎駿並みとはいかなくて当たり前です。
 吾朗さんの監督起用にあたり、鈴木敏夫プロデューサーは記者会見で、「経験」よりも「インスピレーション」に重点を置いた結果だというようなことを言ってました。その正しさは−−鈴木さんの「インスピレーション」の確かさとともに−−実証されたと思いますが、映画制作のような、工程が複雑かつ重層的で、組織的な仕事では、「経験」の重要性は、個人的な仕事とは比較にならないと想像できます。
 ジブリにとっても、日本アニメにとっても、いつまでも宮崎駿頼り−−宮崎駿の新作を観続けたいけれども−−というわけにはいかないのだし、ジブリのすばらしさを受け継ぐ新たな才能が望まれているはずです。
ところで、パンフレットによれば、この映画のストーリーのコアとなっているのは、「ゲド戦記 第3巻」だそうです。原作は5巻+別巻がありますが、もともと3巻までで完結していたそうですし、第2巻、3巻も読みたいと今思っています。
ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)