アシュケナージのピアノ
モーツァルト ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 (K.488)
アシュケナージというピアニストをいつ認めたか(えらそうに聞こえたら、誤解です)と言うと、フィルハーモニア管を自ら振って録音したモーツァルトのピアノ協奏曲をFMで聴いてからです。
協奏曲全曲を録音しているはずですが、私が感動したその曲は23番でした。それはもうこの曲の演奏としては完璧に思えました。アシュケナージのピアノの音は、みずみずしく表現力豊かで、にもかかわらず全体のバランスが失われない。録音技術のことはよくわかりませんが、今時やりようはいくらでもあるんでしょうが、演奏上の多少のキズ(アシュケナージにミスタッチなどあるのかどうか)を修正した程度だと思っています。
※その後だいぶたってこの演奏のCD(カップリングは27番)を購入しましたが、FMから流れてきた時のような衝撃はありませんでした。コンサートに限らず、音楽的な体験とは、そのとき限りの「はかなさ」ゆえに美しいものであるのかもしれません。「音」または「音楽」のもつ宿命でもあります。
ショパン 練習曲 op.10/op.25
それ以前の体験として、やはり名演の1つに数えられているショパンのエチュード全曲などは、真摯な演奏だとは思うし、アシュケナージらしい魅力があることに対して敬意を払うのにやぶさかではありませんが、ポリーニの名演−−これはまた完璧ということで言えば、あまたある録音の中でも比ぶもののない極致的な名演だと思います−−をすでに知っていた私にとっては、どうしても必要なものではないと感じられてしまいます。
ついでにショパンのエチュードは、かなり期待して聴いたブーニンのものも、私には「なぜこんな演奏なんだろう?」と不思議に思うほど感動がありませんでした。
ショパン・コンクールのブーニンは、軽いけれど、その軽快さは自発性を感じさせられたし、新たなスターの誕生を目の当たりにするような、自信にあふれた演奏で、力のあるものでした。特にコンチェルトの1番は今でもすばらしい演奏だったと思うのですが、その後のブーニンの演奏であまり感心したものはないですね。
ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30
アシュケナージに話を戻すと、もちろんアシュケナージでは、他に代えがたいと思えるような演奏がほかにもいくつもあります。
中でも、この2つを挙げないわけにいきません。私にとってはかけがえのない曲であり、演奏です。
いずれも指揮はハイティンク。オケは、ブラームスはヴィーン・フィル、ラフマニノフの方はコンセルトヘボウ管です。両方ともクラシックファンの間では評価の高いものだと(たぶん)思いますので、「いまさら何言ってんだ」と言われてしまうかもしれませんが。
ラフマニノフのコンチェルトはプレヴィンと入れたものもありますが、このハイティンクとの演奏とは比べられません。
協奏曲ばかり挙げていますが、その理由は、私が協奏曲−−特にピアノ協奏曲−−好きであるからにすぎません。
とにかくアシュケナージの録音活動はきわめて精力的だし、モーツァルト以降ロマン派の作曲家の曲で録音していない曲は皆無なんじゃないかと思えるほどです。しかもそのほとんどは(おそらく)好き嫌いを超越して、きわめてレベルの高い演奏なのじゃないかと思います。
今や指揮者としての比重のほうが高くなってしまった感があり、彼のピアノを聴けるチャンスはさらに少なくなってしまった気がしますが、ぜひ生で聞いてみたいですね。