指揮者 大野和士〜「プロフェッショナル 仕事の流儀」

 NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」は大好きな番組で、欠かさず見ています。先日はヨーロッパで活躍する指揮者・大野和士さんでした。
 彼の名前はずいぶん前から知っていましたし、彼以外にも日本には同世代に優秀な若手指揮者が数多くいたと思います。しかし、指揮者となると海外で活躍するチャンスというのはなかなか簡単にはあるはずもなく、「彼らの多くは日本で才能を埋もれさせていくのだな」というような悲しみにも似た気持ちでいました。
 ところが、この番組で、大野さんは海外を拠点に仕事をしていると知りました。また、「世界が注目」するというような彼に付けられた形容には半信半疑ながら、少なくともベルギーの王立モネ劇場の音楽監督(5年目のシーズンだそうです)という職を得ていること、そしてスカラ座やメトロポリタンにも進出するらしいと知り、本当にうれしく思ったのでした。
 世界を飛び回り、英語・仏語・独語・伊語を自在に操る。それはしかし、指揮者の仕事を全うするための至極基礎的な能力に過ぎません。一流の音楽家の才能の深さ・広さというものはわれわれには計り知れないとあらためて驚嘆させられます。
 当たり前ですが、指揮者の最も重要な仕事は4ヶ国語を自在にしゃべることではなく、(この番組でも大野さんがおっしゃっていた通り)作曲家の残した紙に書かれた記号である譜面から、作曲家の音に込めた意図、感情、意味を読み取り、語りかけ、会話をし、彼自身の肉体と精神を通して、実際の音として再現し、聴衆に提示することにほかならないのです。

指揮者の仕事

 その彼がオーケストラという組織をまとめていくために必要なことは何かと問われて、「こういう音を出しなさいと押し付けるのではなくて、到達すべき目標をイメージとして明確に提示すること、そして演奏者一人一人が、自分の考えでもって気持ちよく音が出せるような環境を整えること」というような意味のことを言っていました。
 つまり、もう一度言い直せば「チーム(組織)としての目標を明確に示すこと」と「個々人のモチベーションを高め、気持ちよく仕事ができる条件を整えること」が、監督、指導者、など組織をまとめるトップの仕事だということです。そのために彼は、当然ながら、団員の誰よりも勉強をし、また音楽監督として、公演にかかわるすべての責任を取る覚悟も示します。

ゲネプロで歌を歌う

 番組中最も感動したのは、楽劇「トリスタンとイゾルデ」のゲネプロ2時間前にイゾルデ役のソプラノ歌手が病気で歌えなくなったと連絡があり、代役を頼むも役に立たず、最後に彼が選んだのはなんと「自分が歌うこと」でした。指揮者はピアノが弾けることは当たり前でしょうが、「歌う」というのは聴いたことがありません。しかもトリスタンのような難曲です。そして彼は確かにそのゲネプロであの複雑なトリスタンの指揮をしながらイゾルデの役割も果たしたのでした。

今後のさらなる活躍に期待

 ベルギーの音楽的なポジションはよくわかりませんが、ドイツとフランスの影響下にあるEU本部のある国ですから、それなりに高いレベルにあると想像されます。また、ヨーロッパで日本人がクラシック音楽の指揮をするということ自体、どこであれ既に困難な仕事に違いありません。
 彼がここまですごい人だという認識は正直言ってありませんでした。驚き、誇らしく思い、応援したくなりました。ぜひ、さらにもっと大きな舞台で活躍してほしいと願うばかりですし、この番組で見た彼の考え方や仕事振りからは、当然その資格があるように思われます。
 ただ、私自身は、彼の肝心な音楽をよく聞いたことがないのです。少し前に録画してあった、モネ劇場でのワーグナーさまよえるオランダ人」は、録画はしたもののあまり期待していたわけでもなく、スタンダードな演出に好感を持ちつつもろくに見ないままになっていましたが、少し楽しみになりました。