クリスチャン・ツィメルマンのピアノ・リサイタルを聴いてきました。

まさか岐阜でツィメルマンが聴けるなんて。

 4月中旬サラマンカホールでのツィメルマンのピアノ・リサイタルの新聞広告を見つけて「ええっ、ツィメルマンが岐阜に来るのか!」とびっくり。しかも広告出してるってことは1か月前なのにチケットが残ってるってこと!と半信半疑でサラマンカホールのHP(http://www.gifu-fureai.jp/salamanca/sponsor/c_2009/0509.html)にアクセス。なんと残ってるじゃありませんか。しかも最前列が(端っこだし手元は見えない正面右側だけど)。
 しかもあろうことか、このS席が5,000円!! 速攻で予約しました。あっという間に今日を迎えたのでした。

久しぶりのピアノ・リサイタル。久しぶりのサラマンカホール。

 14:30開演でしたが、大垣は祭りということで規制や混雑も気になり早めに車で家を出ました。
 同じフロアの隣にあるCafe SALAMANCAでコーヒーを飲み(大盛況でサンドイッチは売り切れ)14時過ぎ会場内へ。これまでにない混雑ぶり。パンフレットを購入。
 なんと16都市17回にわたる日本ツァーの今日が初日なのでした。何と光栄なことか!東海では名古屋公演がなく岐阜のみ。なんでそういうことになるのかわかりませんが、今日から始まるというのに気持ち良く演奏してほしいと思い少々不安を感じたのでした。
 というのもずいぶん前にアンドラーシュ・シフのピアノリサイタルをここで聴きましたが、そのときあまりにもマナーをわきまえない客がいてシフは演奏の手を止め「ゲドアウト!」と大声で叫んだのでした。シフが戻ってこの話をしたら、ピアニストたちは岐阜にはもう来てくれないだろうと暗澹たる気持ちになったからでした。

文句のつけようのないプログラム

休憩をはさんで(この曲のあとでは何があっても休憩が必要でしょうね)、

 ショパンがないのは残念でしたが、アンコールでマズルカを1曲位弾いてくれたら、全体として完璧な構成だなあ、などと思っていました(ところがなんと万来の拍手喝采にもかかわらずアンコールなしでした! 残念)。Bプロではバッハとブラームスの別の曲(未定)が入るようですが、このAプロでよかったです。

素晴らしい演奏会だったと思います。

 いよいよ登場したツィメルマンは、思った以上に小柄でした。写真のイメージよりももっと真っ白な髪の毛。顔は少しふっくらした感じでした。
 ツィメルマンのピアノ演奏のイメージは、まず音がきれいで、バランスのとれた演奏をする。逆に言うとそつがない分面白みにやや欠ける。ただ、アルゲリッチポリーニフレイレなどの後の世代では世界最高レベルのピアニストだという評価(だと思うんですが)は間違いのないところです。
 さて実際に聴いてみてどうだったか。
 まず音の美しさ、テクニックはやはり屈指だと思います。ミスタッチなど1つもなかったと思います。音は基本的に豊麗でありながらもあけっぱなしではない節度を持っている。テクニカルなパッセージでは時に速すぎるくらい速いと感じることがありましたが、あくまで他のピアニストの演奏との比較にすぎない。彼にとって快適で自然なスピードなのでしょう。つまり背が低いということは指も短い可能性が高いと思いますが、まったく彼には関係ないですね。
 思った以上にダイナミクスが大きな演奏という印象です。ピアニシッシモはあくまでやさしく繊細でありながら、フォルテシッシモでは爆発に近いほどの音量――ただしそれでもなおコントロールされているとわかる。このへんはリヒテルなどとは対照的です(リヒテルは静かな音でも爆発を感じます)。リヒテルと対照的と言うとギレリスを思い浮かべるわけですが、ツィメルマンの場合はより抒情性が豊かです。
 いずれにしても完璧主義者らしく、コントロールされていない音は1音もないにちがいありません。

当代最高の「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調

 感動しました。素晴らしい演奏でした。
 32番のピアノ・ソナタはこの演奏の最も素晴らしい演奏の1つに数えられても全然驚かないくらい完ぺきだったんじゃないでしょうか。ツィメルマンの演奏でこの曲が聴けるということに感謝したい気持ちになりました。
 私はこの素晴らしい演奏に浸りながら、ベートーヴェンが最後に書いたこのピアノ・ソナタの現代的であること、最後までチャレンジし続けた勇気について考えていました。
 ブラームスの4つの小品は、他の曲と一緒に「間奏曲集」といったCDにまとめられることが多く、そのどれもが晩年のブラームスの熟練を感じさせる名曲ぞろいで、私はグールドとバックハウスのCDを愛聴しています。
 ツィメルマンの演奏は最初の1音を聞いただけで夢見心地に誘ってくれるような演奏でした。感動しました。特筆すべき高いレベルの演奏に達していたと思います。
 このOp.119もまたブラームスが最後に書いたピアノ曲であり、ベートーヴェンソナタと並べたことは何か意味があるのだろうと思います。
 シマノフスキは、もちろん初めて聴く曲でした。バッハ、ベート−ヴェン、ブラームスのあとに――しかもどれも名曲中の名曲です――聴くと、どうしても単調というか、幅の狭さみたいなものを感じざるを得ません。悪い曲じゃないんですけど。
 ただ、ツィメルマンは同じポーランド出身のこの作曲家に特別な思いがあるのでしょうね。曲調のせいもありますが、一番力が入った渾身の演奏でした。

全力を尽くした演奏で、アンコールはなし

 すべての演奏が終わったあとのツィメルマンは「ふーっ」というため息――それは初日の演奏会を無事終えたという安堵も含まれていたのでしょうが――が聞こえそうな表情で力を出しつくしたというように満足気に立ち上がり、拍手喝采に包まれました。
 アンコールを求めて拍手は鳴りやみませんでしたが3度舞台に現れ(3度目は照明がついてから登場しました)、感謝のしぐさで丁寧にお辞儀を繰り返し、しかしアンコールはないまま舞台そでに姿を消したのでした。
 ショパンが聴けなかったのは本当に残念ですが、またの機会にとっておくことにします。残念ついでにもう一言言えば、この日演奏された曲は1曲も録音されておらず(少なくとも日本では流通していないようです)、今日聴いた記憶を思い返す以外に今のところ聴き返すことはできないというのはとても残念です。それだけ貴重な演奏を聴くことができたことを喜ぶことにします。

私の好きなツィメルマンのCDと、最新の注目CDを最後にご紹介します。

 何枚か持ってる中で最も好きなのは、意外かもしれませんがチョン・キョンファと組んだR.シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ(もう1曲はレスピーギのヴァイオリン・ソナタ)のCD。曲も演奏も最高です。
 ツィメルマンの最新のCDは、やはりポーランドの現代作曲家ルトスワフスキーから献呈された曲を作曲家自身の指揮のもと演奏したこのCDのようです。
ルトスワフスキ:ピアノ協奏曲、チェイン3、ノヴェレッテ
 ほかにもカラヤンバーンスタインジュリーニ、小澤、ブーレーズ、ラトルなど名だたる指揮者との共演盤あまたですが、思いのほかCDの数やレパートリーが少ないと今回調べてみて思いました。
 そんな中、もう廃番なのかリストに出てきませんが、コンドラシン指揮コンセルトヘボウ管とのショパンの協奏曲の1番とアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、さらにはワルツ第1番《華麗なる大円舞曲》を収めたCDを私は愛聴してます。私は、自ら指揮もやった協奏曲1&2番よりもこちらのほうが好きです。