ユジャ・ワン

 少し前に録画してあったユジャ・ワンという中国のピアニストの日本での公演を聴いた。
 N響定期演奏会。指揮はシャルル・デュトワ。曲目はプロコフィエフの第2協奏曲と、ラフマニノフパガニーニの主題による狂詩曲だった。
 私はこのピアニストの名前も知らなかったが、彼女の評価はすでにかなり高いようだ。ドイツ・グラモフォンと契約していることからもそのことはわかる。取り立てたコンクールの実績も今のところないようだが、コンクールに出なくてもすでにそれだけの評価を得ているということは何かを−−聴くものの心を波立てるような何かを持っているからなのだろう。

アルゲリッチを彷彿させる

 パープルの少し光沢のあるドレスで登場したユジャ・ワンはまるで高校生見た位にしか見えない、長く垂れた前髪が演奏の邪魔にならないかと心配になった。日本野球界初の女性プロとなった吉田えりに似ている。
 しかし、もっときゃしゃで(ピアニストと野球選手だから比較する意味があまりないが)、ラフマニノフの曲などは時にオケに負けないくらいの音量が必要だろうけど大丈夫かなどと少し気になる。
 残念ながらプロコフィエフの2番をあまり知らないので、とりあえず、よく指が回るということ以外あまり評価のしようもなかった。
 ただ、彼女は演奏に深く集中している、そんあ気はした。元夫のデュトワが指揮しているから言うわけではないが、なんとなく周りをあまり気にしない猛烈なスピードの演奏と言い、集中の度合いと言い、20歳そこそこでこの雰囲気はアルゲリッチを誰もが思い浮かべるのではないかと思う。

天才の予感

 そしてラフマニノフ。例の有名な18変奏は本当に美しい曲だ。というか、個人的に言うとこの曲はここだけあればよい。といっても多少飛ばし飛ばしながら頭から聴いた。
 休憩をはさんだから、と言うことだろうが、まず再登場したユジャ・ワンのドレスが真っ赤なものに代わってて驚いた。髪型も今風のザバッとしたスタイルに変わっている!
 プロコフィエフと違って、じっくり観・聴いていて、まずその雰囲気に参った。この落ち着き、というか演奏に集中しているということなんだと思うが、彼女の演奏している空間から伝わってくるものは、断言はできない(とあえて言っておく)が、これはやはり天才のもつ時空であるという気がした。
 ユジャ・ワンのスピードに引っ張られて、全体の演奏スピードも速くならざるを得ない。そのせいかどうかわからないが、ホーン・セクションの出来がいまいちである。
 ユジャ・ワンの演奏は、しかし速いだけではないようだ。スローパートはもちろん、他のピアニストより速いとはいえ、彼女の全体の演奏の中ではもちろん相対的にスローであり、18変奏はまさにドラマチックに歌い上げなくてはならないパートだが、彼女の演奏は十分に彼女らしく立派な演奏だったと思う。うまくいえないが、少なくとも聴いていて喜びを感じた。少なくとも私はまた聴きたいと思った。部分的には、いろいろあるような気もする。ミスタッチというのはあまり気がつかなかったが、なんというか何か「正確さを欠いているのではないか」と感じられるあいまいさがあって(私の気のせいかもしれない)しっくりしない気持ちになった。
 しかし、全体として彼女のステージ、彼女の作りだす音楽はとても魅力的で、有無を言わせず聴衆を巻き込み、とりこにしてしまう魅力がある。
 岐阜か名古屋に来るようなことがあったらどうしても聴きに行きたい。
 
YouTubeにその演奏がアップされていた。パガニーニ・ラプソディは4つに分けてアップされていて、18変奏は3/4にあった。時間を惜しむ方は3分40秒あたりから聴いてください。