岩城宏之と武満徹の「波の盆」

 先日、指揮者の岩城宏之さんが亡くなられました。 1週間ほど前に、オーケストラ・アンサンブル金沢の公演広告を見たばかりだったので、突然の訃報にちょっと驚きました。何度か聴く機会があったのですが、結局、一度も実演を聴かないままとなり、残念です。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 私は特別な岩城ファンではありませんが、1枚彼の指揮したCDを持っています。それは「波の盆」(ジャケット・イメージがないようです)という日本テレビ系で放映されたドラマにつけた音楽です。数年間、折々取り出しては聴き続けています。これは、本当にすばらしい音楽です。正直に言うと、彼が指揮したものだから購入したわけではないのですが、指揮者に「岩城宏之」の名前を見て、納得した記憶があります。

 武満は映画にも造詣が深く、映画・テレビドラマの音楽も数多く手がけていますね。以下あくまで推察ですが、「食うため」ということもあったのではないでしょうか。「芸術家の息抜き」という側面もあったでしょう。現代音楽だけでは、武満ほどの名声があっても食べていくのは容易ではなかったと推察されますし、研ぎ澄まされたものばかりやっていては、生身の人間はどこかで破綻してしまいますから。そういう意味では、少なくとも嫌ではない(好きな映画やドラマの音楽です)仕事で糊口をしのげたことは武満にとっても幸運だったと思います。大衆は残された実績にしか目を向けませんが、音楽家も画家も小説家も詩人も、最初から本業で食えてた人はむしろ少ないでしょう。そうしたサブ・ビジネスを拒否して、一生食えずに早死にした人も多いのは周知の事実です。当然彼らは生前には限られた人にしか知られない存在(または知られていても拒絶された存在、または無視された存在)であったわけです。
 この分野での武満の仕事が、すべて傑作かどうか知りませんが、少なくとも、こんなにすばらしい音楽も創ってくれたことに感謝したい気持ちになります。

 どんな音楽かを言葉で説明するのは、ここでも至難の業ですが、あえて書いてみます。あなたがいるのは、このCDジャケットの写真のような南の島の波打ち際、あるいは河原に生い茂った濃い緑の草むらかもしれません。私は前者を選びます。あるいはハンモックの上で、あるいは草むらに寝そべって静かに目を閉じて、通り過ぎてゆく風のなでる感触を楽しんでいます。太陽は照りつけているが、木陰、草陰が気持ちよく、身体全体がリラックスしています。空は青く、雲も浮かんでいるはずです。テーマ音楽はそんな音楽です。
 ただ、いくつかの曲には、不安や疑念を掻きたて、人間の苦悩を暗示するような音楽が含まれており、すべてがただ心地よいだけではないことを付記しておきます。
 岩城と東京コンソーツ(どんなオーケストラか知りませんが)の演奏は、そつのないもので、音楽のすばらしさを損なっていない点で、十分な演奏だと思います。少なくとも岩城の指揮であったことに感謝したい気持ちです。
 ちなみに、新聞によれば7月18日PM2:00から東京のサントリーホールでお別れの会があるようです。

 今購入時以来数年ぶりに、短いながら添えられたライナーノーツを読んでみました(ジャケット写真の選択は悪くないですが、まったくおざなりの・デザインが嫌いで、その姿勢から解説などないと信じこんでいました)。独立レーベルという事情を考慮しても、商品としてはもう少し売る気を示してほしかったと思いますが、この解説を読むと、世の中から消えて無くなろうとしていたところを、安藤賢次さんという音楽プロデューサーが「1人でも多くの方に聴いてもらいたい」という思いで復活させたということのようで、そのことにまず感謝したいと思います。私としては、人知れず楽しみたいという誘惑と、やはり多くの方に聴いてもらいたいという思いを交錯しますが、岩城さんの仕事へのオマージュの意味を込めてご紹介します。
 ところで、ドラマ自体も私は見たはずで、「いいドラマだった」という記憶はあるのですが、内容はほとんど覚えていません。少し調べてみたところ、DVDが入手可能なようです。脚本が倉本聰、監督が実相寺昭雄、主演が笠智衆と強力なメンバーによって制作されたドラマだったんですね。
 武満の音楽は、さすがに音楽だけ聴いても、一度聴いたら忘れられないすばらしいものですが、ドラマ自体ももう一度見てみたい誘惑に、今、かられています。

波の盆 [DVD]