明日を信じてチャレンジする勇気−−上原ひろみ、羽生善治。

上原ひろみ サマーレインの彼方
 上原ひろみのコンサートについては以前にも書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/Uu-rakuen/20051125)、この本を読んで改めてそのすごさに圧倒されました。彼女は常に全身全霊を傾けて音楽に取り組んできたことを私は信じることができます。彼女のコンサートへ行った人はみんなそう思うでしょう。
「(お客さんの反応が悪くても)けっしてあきらめてはいけないんです。(中略)全力でやっていれば、自分の思いもよらないところで、いい反応をもらえたりするからです。力を出し惜しみしたら、そこには何も起こりません」と、この本の中で彼女は答えています。
 「力を出し惜しみ」する−−「今後に備えて今は少し手を抜いておこう」などということは、好きなことをやっていて、何かを成し遂げたいと思っている人にはありえない態度なのだと実感できます。
 彼女は高校生の頃すでにチック・コリアと共演するほどの天才だけど、すべては音楽の為に、計画を立て、準備を整え、名門バークリーでもチャンスを勝ち取る為にできる限りあらゆる努力をしてきたことがこの本を読むとわかります。
 大切にしていることは「努力、根性、気合」だと彼女は言います。今の彼女−−名門レーベルと契約しワールドツァーで世界中をめぐっているジャズミュージシャン−−の答えとしては、これはすごい言葉だと思います。電子楽器を肩に背負って、太平洋のまぐろみたいに泳ぎ続ける上原ひろみという26歳の女の子にとって、世界中の聴衆を相手に自分の音楽を伝えきるためには、確かに「努力、根性、気合」は不可欠に違いありません。命がけだということがビシッと伝わってくる。
 そしてもう1つ、私の気に入っている彼女の美点は、それでもなお自分を育ててくれた人に対する感謝を忘れず、生まれ育った故郷(浜松)を愛し、自分という存在に対して謙虚なところです。
 音楽家としてのヴィジョンは?という質問に彼女はこう答えます。
 「音楽に関しては、ずっと勇気を持ち続けていたい。(中略)たとえいい評価をいただいたとしても、現状にけっして満足しないで、その次にはまったく新しいことにチャレンジできる勇気を持ちたい」と。
 彼女のような人が謙虚であるということは本当に美しいことに思えます。今日の自分に満足しない。もっと成長したい、成長できると信じている。だから彼女のライバルは「昨日の自分」なんですね。すごいと思います。

羽生善治上原ひろみ

 将棋の羽生さんが少し前に見たテレビ番組で同じ趣旨のことを言ってました。20代、彼は前人未到の7冠を達成する。しかし歳とともに閃きはどうしても衰える。タイトルは1つ減り2つ減り、1つになってしまいます。だんだん思い切った手を打てなくなってきた自分に気づく。だから敢えて定跡にとらわれない手に勇気を持ってチャレンジしていると語っていました。そして今はまた王位・王座・王将の3冠まで戻しています。
 将棋に関心のない方のために言えば、羽生善治という人は、36歳という年齢にしてすでに成し遂げた実績からだけみてもおそらく将棋史上最高の天才であることは疑いようがありません。
 定跡は長い経験に裏付けられたものだから、正解である確率が高いけれど、どんな局面でも常に100%正しいわけでもない。もしそうならすべて定跡どおり打てばよいわけで、棋士が存在する必要がないし、コンピューターの方が強いことになりますが、諸説あるもののコンピューターが将棋のトッププロに勝てる日はおそらく当分やってこないと思われます。(ちなみにチェスでは世界チャンピオンとコンピューターはすでにほぼ互角です)。
 定跡など、およそプロの棋士ならば誰もが知っている既知の差し手でもあります。トップレベルの棋士の対戦では、定石を覆すような手をいくつ打てるかが勝負の分かれ目であるはずです。そういうリスクを負うには勇気が必要です。それは今日よりも強いはずの「明日の自分」をどのくらい信頼できるかという話なんだろうと思います。