「オシムの言葉」 木村 元彦著

オシムの魅力を余すところなく伝え、ユーゴの戦火と現代をつなぐ糸を鮮やかに浮き彫りにしたすばらしいノンフィクション。

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える
 「オシムの言葉」というタイトルから、オシム語録的なものを−−ジェフのHPにあったような−−をイメージしていたが、全然違った。
 この本は著者の木村元彦さんの、旧ユーゴスラビアに対する強い愛着と関心(なぜその地域に関心を持ち始めたのかは書かれていないのでわからない)の上に立ち、周到な計画と綿密な調査、精力的な取材に基づいて書かれた素晴らしいノンフィクションであった。
 旧ユーゴの崩壊とボスニア戦争の記憶は、すでにわれわれの記憶の中でその影を薄めつつあるけれど、元々同じ国の民であったいくつもの民族がモーレツな殺し合いを始めたという事例は近代ではあまり例を見ない凄惨な事例だったのではないか。
 ソ連が崩壊した今、最も複雑な多民族国家は中国であろう。世界中で「フリー・チベット!」を叫び、デモ行進が行われ、警官と衝突する事態が起こっているが、人々をそういう行動に至らしめるメンタリティや国際認識は、民族自立意識の高まりという時代の流れが作り出したなどと歴史家たちは言うのかもしれないが、渦中にあってその時代を生き抜いてきた人々にとってはそんな簡単な話であるはずもない。
 オシムと彼の家族は、まさにそうした渦中にあって翻弄されたのだった。オシムという監督の複雑なメンタリティを理解するのは簡単ではなかったが、この本を読んで以前よりは少しわかったような気がする。彼自身はおそらくはそれほど複雑な人間ではない。ただ彼の生きた環境の複雑さに対応するために複雑にならざるを得なかったというだけだろう。わかりにくいといえばわかりにくい――ユーモアとアイロニーと警句に満ち、そしてもちろん深い洞察を感じさせる――言葉が、オシムの意図する通りオシムという人間を煙に巻いてきた。しかし、彼はなぜだか憎めない愛すべき人間として私たちには感じられたし、彼の発する言葉は、多くの場合強い説得力をもって耳に届いたのだった。そう、一言でいえば魅力的な人物。
 日本代表監督になって、試合後のコメントは少なくなり、テレビを見ている私たちは――とりわけ試合に負けた時には――オシムの姿を正視できないほど会見には緊迫感が漂っていた。「選手たちはみんな一生けん命やっているではないか。あなたはちゃんと見ていたのか? 何を言いたいのだ?」。勝ち負けだけでしか評価しない世間、もしくはメディアという存在の理不尽さに対する恐れと怒り。ユーゴ時代の記憶とないまぜとなって押し寄せたプレッシャーは大変なものだったろう。しかし、オシムはチャレンジしたのだ。結果は本当に残念だったけど。
 私はこの本を読んで、オシムが日本に来てくれて、日本のサッカーを指導してくれたことの意味の大きさを今一度噛みしめ、「本当によく来てくれたなあ」と感謝の意を強くしたのだった。事はサッカーだけにとどまらない。日本や日本人に足りないものを示唆し、日本の良さを引き出し鼓舞してくれたという意味でもその影響は大きかった。
 紹介したい言葉は数々あってきりがないが、最後に一つだけ私が共感した言葉をあげておきたい。

「作り上げることより崩すのは簡単なんです。家を建てるのは難しいが、崩すのは一瞬」。

 オシムの言う「家を建てる」とは「攻撃的ないいサッカーをする」という意味でもある。しかし、言うまでもなくサッカーに限った話ではない。自然だって倫理だって人間関係だって仕事だって、作り上げるのは難しいが壊すのは簡単だ。しかし、人しばしば、それこそ石ころでも蹴飛ばすように、考えもなくたたき壊してしまう。
 ところで、私がオシムが好きなのは−−オシムのサッカーが好きだったのはと言い換えてもいい−−、実はこの言葉に続いて次のようなことを言ってくれるからなのである。

「作り上げる、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」
(初出 BK-1 2008/07/14)

「14歳からの仕事道」 玄田有史著

14歳からの仕事道 (よりみちパン!セ)
 これまで玄田さんの発言を読んできたものにとって、この本の中に新しい発見はそれほど多くないし、「14歳の」とあるにしては多くの14歳にとって、理解するのはなかなか難しい内容だと思う。漢字にルビが振ってある以外、中学生一般向けの内容とは言いがたい。
 でも、それが「14歳」でなく、アルバイトを1度でもしたことがある高校生や大学生、社会に出て仕事や生き方に悩む20代、30代の社会人なら、内容はよくよく理解できるし、少なからず勇気を与えてくれる本だと思う。そういう人にこそ薦めたい本だ。
 玄田さんの本の中では、一番短く読みやすいが、メッセージは明確に伝わってくる。
 「ニート」という問題が日本でも急速に進行しつつあり、将来的に日本の存立を左右しかねない重要な問題であることを提起し、研究者の間だけでなく、社会全体のテーマとして広く知らしめた人の1人が玄田さんだ。
 ニートの問題もそうだし、雇用者と被雇用者のミスマッチの問題なども、このところ取りざたされているけれど、自分の経験からも、小学校や中学校で、早い年齢から「働くこと」や「仕事」について、もっともっと多くの情報を提供し、相談できるような環境をつくるべきだと、私はかねがね思っている。そんな思いも手伝って、来年中学生になる姪にプレゼントしようと思ってこの本を購入したのだった。
 だからその点ではちょっとあてがはずれた。
 玄田さんの発言にはこの数年注目してきた。正直に言うと、本や発言を読んで、まず、私が惹かれたのは、その内容以上に、文章から伝わってくる玄田さんの人柄である。東大を出てハーバードやオックスフォードにも客員、東大の助教授を務められている気鋭の労働経済学者なのに、その発言は、ある意味自信なさげだったり、謙虚すぎるくらい謙虚だったりする。自分の意見を一方的に押し付けようとはしない。この本にも書いているが、「わからない」ことは「わからない」と言ってしまう。「だから、あなたはこうしなさい」などとは言わない。いや、言えないのだ。人間は1人1人価値観も目標も、なりたい自分も違うから。その限界をわきまえた上での発言である。こういう立場で発言する勇気のある学者は少ないと思う。
 玄田さんのメッセージとは、まず「仕事」は、もともと楽なものじゃない。だからみんな悩んだり苦しんだりするけれど、それは君だけじゃない、ということだ。お金とか社会的成功とか、既存の価値観に振り回されないで、必ずある「自分にあった仕事」を見つければいいんじゃないか−−だから、あまり悩みすぎないこと。それこそが玄田さん言うところの「ちゃんといいかげん」ということだ−−と、玄田さんは、玄田さんらしい熱さで語っている。
 それがどんな仕事であれ−−アルバイトだろうが派遣社員だろうが関係ない−−仕事をすることは生きることと同義なのだ。つまるところ、仕事の問題とは哲学の問題なのである。だから仕事は、人生と同じように苦しくつらいことも多い。だけど、それがまさに生きるということであり、生きて、人とふれあい、ささやかでも人の役に立つことは、喜びももたらしてくれる。誰だって基本的には楽しく人生を過ごしたい。だったら仕事を楽しめるような心の持ち方、仕事の選び方をしようよ、自分らしい生き方(仕事)を選ぶなら、それはそんなに難しいことじゃない、チャンスは必ずあると、玄田さんは言っているんだと思う。
 ただ、というか、だからというべきか、ここに書いてあることはどれも簡単なようで、実際にやるのは、それほど簡単ではない。「自分の弱さと向かい合う」と言われても、「はい、そうですね」と克服すべく行動をはじめられるかといえば、「そんなことできるなら最初からやってるさ」ということになりかねない。
 この本に書いてある重要なことは、そういう意味では当たり前のことばかりなのである。しかし、何が当たり前なのか、を見極めることは本当は難しい。この本を読むことは、固定観念や時代的な背景にとらわれないで、人が仕事をする(生きる)うえで、当たり前といえば当たり前のことを、いかに当たり前か、読者一人一人が検証していくことでもあるように思う。
(初出 Hatena Diary“悠々楽園” 2006/7/3)

「逆シミュレーション音楽」をめぐって(2)

 その2 西洋音楽とロマン派

 三輪さんにとって自明だった次の2つの前提を「疑ってみる」ことから「逆シミュレーション音楽」が発想されたという。
(1)西洋音楽が音楽のすべてである
(2)ロマン派の音楽概念が西洋音楽のすべてである
 クラシック音楽に興味があって、西洋音楽史を少し知っていれば、確かにこの2つの前提が自明のことだと言われても違和感はない。

西洋音楽の歴史

 現在も演奏される西洋音楽として最も古いのは、6〜8世紀ごろにかけて諸地方の教会で奏されていた聖歌を収集し編纂したとされるグレゴリオ聖歌ということになるらしい。そこに新たな音楽が生み出され付け加えられるのは9世紀以降であり、われわれ現代人にも親しい最も古いクラシック音楽ということになると、「バッハ」だと言っても、そうまちがいではないだろう。バッハは1685年生まれだから、現代人にとっての西洋音楽の始まりはたかだか300年前にすぎない。

ロマン派

 どこ(誰)からがロマン派か、については当然のことながら諸説あるが、ロマン派の作曲家の最初の1人としてシューベルトをあげることに反対する人は少ないだろう。シューベルトが生まれたのは1797年である。1828年、わずか31歳でこの世を去る。
 ロマン派を代表し、調性音楽から無調の音楽へと橋渡しをしたヴァーグナーが没したのは1983年だ。後期ロマン派の1人ブラームスが死んだのが1897年。リヒャルト・シュトラウスは長生きした(1949年没)けれど、最後のロマン派の1人、ヴァーグナー党のブルックナーは1896年に亡くなり、ワルツ王・ヨハン・シュトラウス二世は1899年に没している。そして、おそらくロマン派の系譜に連なる最後の大作曲家は、現代人に大変人気のある二人−−マーラー(1860-1911)とラフマニノフ(1873-1943)だろう。
 したがって、ロマン派と呼ばれる作曲家が活躍した時期は、ほぼ1800年代のわずか100年間にすぎない。
 それにしても確かに、ロマン派はサッカーでいえば一時のレアル・マドリーもしくはブラジル代表セレソン。野球ならV9巨人もしくは(昨年までの)ヤンキースといったところか。そうそうたるメンバーだ。上述以外日本でポピュラーな作曲家だけあげても、
 ショパン    (1810-1849)
 メンデルスゾーン(1809-1847)
 シューマン   (1810-1856)
 リスト     (1811-1886)
 ベルリオーズ  (1803-1869)
 ヴェルディ   (1813-1901)
などがいる。さらに、ドヴォルジャークチャイコフスキーも広い意味ではロマン派の音楽家に入るだろう。ショパンなしでは多くのピアニストは生きてゆけないし、明日からヴェルディが演奏禁止などということになれば歌手たちの半分は職を失うかもしれない。

なぜ「ロマン派」だけなのか?

 私は三輪さんの2つ目の前提がなぜ「ロマン派」だけに限定されるのかと話を聞きながら不思議に思った。今現在世界の演奏会で奏される音楽の中で「ロマン派が圧倒的1位を占めている」という点に異論はないが、バッハはともかく、モーツァルトベートーヴェンだって、たった二人でも相当にガンバッテいるわけで、彼ら「古典派」も含めるべきではないかと思っていた。
 家に戻って、わが敬愛し、尊敬する吉田秀和さんの「LP300選」を読み返してみたら、一括りににして語るには「あまりにも大きな深淵がある」としながらも、調性の原理によって書かれた和声(harmony)的な音楽の時代として、18・19世紀を古典・ロマン派の時代と一括し、20世紀の「調性から開放された」音楽と分けるのはむしろ便利でさえある、というような記述があった。三輪さんの前提もそういう意味なのかもしれない。
 また、バッハやモーツァルトベートーヴェンの曲でも現代人に人気のある曲、フレーズの多くが「ロマン派的」であるという指摘ととらえることもできる。

人は「ロマン派的」音楽を好む

 「ロマン派的」とは何か?といえば、それはスパイスとしての不協和音も含めて、和声すなわち耳に心地よいハーモニ−−時代によって好みが変わるようだが−−を最上とする嗜好ではないか。その意味で、現代のわれわれが好むクラシック以外の音楽、つまりジャズやポップスもほとんどは同じ理論の上に立っているし、クラシックよりずっと単純で無自覚で音楽的にはおそらくなんら新しいものを付け加えない。クラシック音楽の最先端こそ、音楽表現の最先端でもあるのである。三輪さんもまさにその中におられるわけだ。
 こうした類型に組み入れられない音楽が現代にあるとすれば、確かにそれは、西洋の文化とは別に−−音楽的に言うなら対位法的にというべきか−−発展してきた西洋以外の民族固有の音楽ということになるのかもしれない。
 いわゆる西洋クラシック音楽は世界中の主要都市で頻繁に演奏会が行われ、CDやDVDは世にあふれ、CMやTV・映画などあらゆるメディアを通して耳にしない日はない。この数百年に限って言えば、世界の中心は欧米であり、今ならG8(+Bricsか)。まさしく西欧的な資本主義的消費競争社会こそが世界そのもののように錯覚する。日本は地理的にも民族的にも西洋ではないが、それ以外の点ではまさに西洋の一員、それも主要な一員である。
 したがって私たち日本人にとっては西洋的な世界以外はなかなか見えにくいし感じにくい状況にある。よくよく考えれば当たり前の話だが、今でもアラブやアフリカではわれわれが聴いたことのない音楽が日々奏されているに違いない。そこで奏されている音楽には、われわれにとっては未知の音楽=ありえたかもしれない音楽が、ありえているかもしれない。ひょっとしたら世界の民俗音楽を収集し続けた小泉文夫さんの考えていたところもそういうことと無縁ではないのだろう。読んではいないが小泉さんの著作に「空想音楽大学」という本がある。ぜひ読んでみたいと思う。
小泉文夫著作選集(4) 空想音楽大学
 ただ、私自身は、所詮同じ人間であってみれば、その発展のしかたにもさほど大きな違いはないと基本的には考える。
 仮に不快な音楽を好む民族があらわれたとしても、それが長続きするとは思えないし、不快さや緊張をもたらすものが好まれるのは、平和や快適さにあきあきした時代にほかならない。表現においては、快適さをより効果的に導くための手段の1つと考えるのが自然だと思う。
 つまり、心地よくない音楽が好まれることがあるとしても、ほかのことと同じように人間のぜいたくで過剰消費的な行動や気分の1つにすぎない気がする。ただ、そういう好みが混ざって複雑化することは、一時的というだけでなく、そこで生まれた多様性が発展や進化につながるという側面があることも事実である。少なくとも、ここまで人類は発展してきたように見える−−今後はともかく。
 ところで、もし本当に、人間の自然な好みに基づく最上の音楽たちが19世紀に達成されてしまったとするなら、音楽はすでに衰退に向かっているということになってしまいかねない。それは音楽にとって経験したことのない危機を意味する。そこに音楽家の(三輪さんの)悩みもあるし、それを確認し、検証し、新たな可能性を探ることで「人間が何であるのか」を探求することこそ音楽家の本当の仕事でもある(と私は勝手に思うのです)。
 走り始めてしまった以上、新しい音楽を求める人間の旅は、人間が存在する限り終わららないとも私は思う(それは多分音楽に限った話ではない)。この世には、これまでも、これからも「音」がある。たとえ人類が滅びても、宇宙が終わらない限りは。
 ちなみに前出の「LP300選」で吉田秀和さんが、最初に選んだのは「宇宙の音楽」である。レコード(CD)はもちろんない。
(初出 Hatena Diary“悠々楽園” 2007/7/17)

「逆シミュレーション音楽」をめぐって(1)

 その1「What is Reverse-Simulation Music?」

 三輪眞弘氏のアルス・エレクトロニカ賞グランプリ受賞記念講演「The Long and Windingroad」(と確かおっしゃっていました)を聞く機会があり(http://d.hatena.ne.jp/Uu-rakuen/20070625/p1)、たいへん興味をそそられた。
 講演で三輪さんも言っていたけれど、「逆シミュレーション音楽」が生まれざるを得なかった現代という状況の困難さは「音楽」に限らず「芸術」全般に共通するにちがいない。
 表現と方法をめぐる表現者の悩みは(過去よりは少し深刻であるにせよ)現代人に固有というわけではない。遅れてきたものの苦悩であり、そのために現在「是」とされる価値観を否定する(もしくは再構築する)というのは繰り返される常套手段であり、必然である。そこに驚きはあまりない。私が面白いと思ったのは、そのために三輪さんが考えた「ありえたかもしれない音楽」という発想であり、パフォーマンスそのものである。

 ここからは「逆シミュレーション音楽」というものが発想された経緯を聞いて私の感じたことである。
 今地球で起こっていることに考えをめぐらせ、特にこの100年間のさまざまな「急速な変化」−−人口増、科学の進歩、環境悪化、過剰な利便性などなど−−を見ていくなら、テクノロジーや一部の先進国(もちろん日本も入る)の過剰な豊かさばかりでなく、音楽や文学のような表現領域においても、情報は劣化しつつあるように思えることがあるし、限界域に近づいてきているような気がしてならない。
 もっと踏み込んで言えば、そうした人類の発展をこれから先も引き続き「是として続けていっていいのか(もうそろそろおわりにすべきじゃないか)」という疑義を投げかけてさえいるようにも思えてならない。
 人間の可能性は無限だとか、努力すればできないことはないとかよく言うけれど、本当にそうだろうか? というギモンでもある。

逆シミュレーション音楽

 「逆シミュレーション音楽」がどんなものなのか知らない人のほうが圧倒的に多いと思う。
 無茶を承知で、先日聞いた講演やWEBの資料を参考に私なりに噛み砕いてみるなら、
「ある規則に則って、n個の数字の配列をコンピュータによって生成させる(シミュレーションする)。それぞれの数字には特定の音と動き(たとえば肩をたたくとか鈴を鳴らすといった人間の動作によって生じる音)が割り当てられている。コンピュータによってシミュレートされたとおりに人間が音(と動き)によって構築するパフォーマンス全体」
 といったことになるだろうか。コンピュータが生成した音楽を人間が演奏する(逆シミュレーション)というのが名前の由来である。
 こうした形式上の定義とは別に、三輪さんは「ありえたかもしれないと夢想することから生まれた音楽」というような言い方もされていて、そのためにはあったかもしれない民族や文化、言語、慣習などを具体的にイメージする必要があるとも言っていた。これはある意味「神の仕事」と言ってもいい。
 正確な定義は、IAMASの三輪先生のサイトで確認していただきたい。http://www.iamas.ac.jp/~mmiwa/rsm.html
 ところで、この音楽を演奏する集団は「方法マシン」と呼ばれている。メンバーの女性の1人が講演で報告されたところによると、演奏技術の熟練(動作のスピードと正確さの熟練)に日々取り組んでいるらしい。「次の公演では最速を達成できると思います」と言っていた。
 三輪さんの話から、逆シミュレーション音楽の重要なポイントを拾い上げるなら、次の2つになるだろうか。

■身体を使い、熟練を必要とする音楽であること
 三輪さんは、楽器に手馴れて手元を見ないでも弾けるのと同じように、練習を重ね、動きがより身体化されることで、(おそらくは)表現も深まりよりすばらしいパフォーマンスを見せる、というプロとしての熟練という過程を重要と考えている、というような発言をされていた。
 また同じ規則に則って動きを繰り返す人形(またりさま人形)も作製されている。
■即興ではなく規則に則った音楽であること
 もう1つ重要なことは、単純なルールによって繰り返される動作のループで構成されている(ように見える)ので、楽譜も不要で暗譜の必要もない。しかし即興ではない。
 「ルールとは神の代わりでもある。ルールがない限り人間に自由はないと思う」とも言っていた。制限がない−−つまりなんでもあり(できる)ということは何もない(しない)と同義ともとらえられるわけで、人間の行為は意味を失いかねないとも言える。それはすなわち「自由がない」ということに等しい、そういう意味だと私は思った。ケージに対する批評的な立場の表明でもあるのかもしれない。
 たとえば、芥川賞作家・中村文則さんも、「小説は言葉でしか表現できない」と言い、「制限があるから自由があると思う」と今朝(07/7/15)の朝日新聞で語っていた。

 私自身は、制限があるから自由を欲するとは言えると思うし、制限があるから工夫をするとも思う。ルールがあるから人間なのだとも思う。規則に則っていることは、自然に放り出された動物ではなく、社会を築きそこに生きる人間を肯定する意味が含まれているという気がする。
 だが、もっと大きなスケールで言えば制限のないものなど基本的には何一つない。宇宙は現在膨張しつつあり、無限のように思うが、その宇宙でさえビッグバンという始まりがあった。始まりとはつまり制限に他ならないだろう。時間も同じだ。
 したがって、制限があるから自由があるのではなくて、どちらにしても制限はあり、人間はどのみち自由ではないがどの制限を選ぶかの自由を人間は欲する。制限を選べるということは、そこで人間は自由だといえるのではないか、と言うほうが私にはぴったりくる。

 また、「偶然が入り込まないから、同じことがコンピュータでもできるが、コンピュータが演奏した場合と人間が演奏する場合ではアウトプットされるものが違う」はずだというようなことも言っていた。それは確かにその通りで、人間がやることで偶然が入り込む。そこに人間が存在する意味があるとすれば、その点でも逆シミュレーションと言えるわけで面白い。
 ぜひ実演を聞いてみたいが、次は三宅島らしい。映像でチラッと見た演奏風景(「逆シミュレーション音楽」理論に基づく最初の作品「またりさま」)は、民俗音楽調で、動作はまるで何かの宗教儀式を髣髴とさせた。最新の音楽理論でコンピュータが描いた音楽を人間が奏でたら、古い民俗音楽のように響き、見えるということが私にはとても面白かった。。
※この文章をアップするにあたり、「方法マシン」のHP(http://method-machine.com/)を見てみたら、昨日(07/7/14)が公演日でした。台風大丈夫だったでしょうか。台風到来前で運が良かったといえば良かったんでしょうが・・・
(初出 Hatena Diary“悠々楽園” 2007/7/16)

「また会う日まで 下」 ジョン・アーヴィング著 小川 高義訳

事実という「曖昧な記憶」によってこの世界が形作られている以上、唯一絶対の真実などはない。自分の物語を「信じられる」ようになれば、すなわちそれが真実となる。

また会う日まで 下
 上巻の後半でもすでに母・アリスの影響は薄くなって、物語の中心はジャック自身へと移っていたが、下巻ではアリスと入れ替わるように、父・ウィリアムの影が次第に濃くなってゆく。
 断片的に語られるアリスの話と4歳の幼児だったジャックの曖昧な記憶によってしか登場しないウィリアムは、登場人物というより背景もしくは幽霊にすぎなかったといってもいい。からだじゅうに音符の刺青を施した、信仰に篤い教会オルガニスト(これまたなんという思いもよらない設定だろう!)。父はジャックを捨てたのか? 時が経ち、友人や家族も去りゆき、記憶もさらに不確かさを増してゆく。再び父に会えないままでは、ジャックが真実を見出すすべはない。
 この世界は実は「曖昧な記憶」によって形作られている――それがこの作品のテーマの1つでもある。下巻でジャックは「時系列で過去を語る」という治療を、精神科医のもとで受けることになる。時系列で語る過去がすべて事実かどうか、そもそもただ1つの「事実」なんてものがあるのかどうかさえ疑わしい。というか誰にも、何が事実かなど「今となっては」わかりはしない。ただし、わからないにしても、それが自分にとっての事実――というより「真実」といったほうがいいかもしれないが――だと納得するためには確かに有効な方法だと思える。物語を読む、という行為もそのことと似ているかもしれない。ひょっとしたら物語を書くということも。
 結局のところ、人は誰も迷いながらも、自分の来し方に折り合いをつけ、行く末を生きるしかないのだ。この世界が、事実と呼ばれる「曖昧な記憶」によって形作られているなら、真実は唯一つではない。どんな真実もありうるだろう。しかし、「自分の物語」を事実として受け入れ、真実だと信じることができるなら、すべてが真実にもなりうる。
 父の愛情を信じきることができなかったジャックは(ひょっとしたらアーヴィングも)、アカデミー賞をもらうほどの成功を成し遂げ、富と名声を手に入れても、どこかふらふらと不安にさいなまれ続けざるをえない。
 この物語のラストで、ついにジャックは、ジャックにとっての「真実」を見出すに至る。自伝的な要素がいくつも盛り込まれたこの物語を書き上げたアーヴィング自身も、彼にとっての「真実」を発見し、腑に落ちたということのようだ(詳しくはあとがきを参照されたい)。

 小説の面白さという点では、上巻のほうがより面白かった。
 上巻のエマとオーストラー夫人、さらにはセントヒルダ校のあまた登場する先生たち。ひと癖ある同級生たち。山ほど登場しては意外と簡単に消えてゆく――実際のところわれわれ人間のだれもが同じことなのだが――これら愛すべき人々が、この小説でも最大の魅力の1つであることに異論はなかろう。人物像はどれも際立っていて容易には忘れられない人物ばかりである。どの1人を描くにも手抜きはない。下巻で新たに登場する医者たちも魅力的だが、教師や刺青師たちに比べると、描写が足りていないきらいがあると言ったら言い過ぎだろうか。
 もう1つだけ付け加えるなら、アリスとウィリアムのそれぞれの虚実を逆転させる話の展開は−−それもアーヴィングの小説の魅力だと十分認めたうえで――今回は、それにしてもやや強引過ぎる気がした。一貫性を保つためと感じてしまう説明的な文章がいくつか気になり、アーヴィングのこれまた大きな魅力である寓話性が、下巻では希薄に感じられることがないではなかった。<今>に近い時間を扱っているせいもあるかもしれない。自伝的な要素が多く盛り込まれたせいもあると思う。しかしまあ、どれもこれも「上巻に比べると」であって、この本を読む時間は至福の時間だった。賛否両論喧しかったという作品の長さは、私にはむしろ喜びでさえあった。感謝。
 アーヴィングも今年66歳。本作に6年半を要したそうだ。次の作品が読める幸せが訪れますように。
(初出 BK-1 2008/07/01)

「また会う日まで 上」  ジョン・アーヴィング著  小川 高義訳

私がいまさら言うまでもないことは重々承知の上だが、アーヴィングの作品は、現代作家の中では圧倒的に面白い。この作品に対してもその評価はいささかも揺るがない。

また会う日まで 上
 アーヴィングの世界は、(少なくとも私には・良くも悪くも)そこに生きているのが真っ当だと信じられる世界なのだと今回も再認識した。もう少し平たく言うなら、そこにいたとして自殺したくなるような世界ではない、と言ってもいい(つまり魅力的な人物が闊歩する愛すべき世界ということだ)。時に真っ当とも言えない人物設定や強引なストーリー展開はむしろ大きな魅力である。
 世界で日々起こる出来事のどこを眺めても、大まかに言って人間という生き物が「ろくでもない」ということは、認めがたくも認めないわけにいかないだろう。「また会う日まで」で描かれる出来事も登場人物もまた「ろくでもない」ことに変わりはないが、この小説を読んで自殺をしたくなるとか、逆ギレして世界を滅亡させたいとか思うことはなかろう。この小説世界は、リアリティを失わず読者が生きて在ることを否定せずにすむぎりぎりの線(その線は意外と細いという気がしている)に絶妙のバランスでとどまっている。「この世界に生まれたことはそう悪い事じゃない。何のかんの言ってもそれは奇跡に違いないのだから」そんな風に思えなくもない世界が展開する。それで十分心地がいい。
 それにしても、アーヴィングの創造する作品の量と言い、質と言い、こんな小説が1つ書けたら「もう死んじゃってもいい。思い残すことはない」そんな気にさえなる。量はリアリティを支えるという意味で重要だが、分厚な作品を飽きさせずに読ませる力量は凡百の作家には真似できようもない。「20世紀のディケンズ」という帯の紹介が正当かどうか私にはわからないが、そういう長編小説をすでに10ほども書いているアーヴィングを「偉大な作家」と呼ぶことに私個人としては何のためらいもない。
 この小説はまた飛びきり長いので、やっと(上)を読み終えたばかりだが、他のアーヴィング作品同様、物語の中にどっぷりはまりこんだ私は、すでにその住人の1人であることを疑わない。主人公ジャック・バーンズを取り巻く世界のどの登場人物も出来事もちょっとやそっとでは忘れられない記憶の一部と化している。いつもと同じように、(下)を読むのが待ち遠しい(もちろん今夜から読み始めるのになんの不都合もない)。
 この小説のノリからは、良い意味での軽快さ・風俗性ゆえに庄司薫の小説4連作を想起させられ、懐かしくもあった。村上春樹への影響(もしくは共通点)は数え上げたらキリがない。また、1980年代後半、村上龍がセックスを題材に描きながら、「良質な」ユーモアと清潔なアトモスフィアを持つ魅力的な作品をいくつか発表したが、それらと共通する思考が感じられて面白かった。人間をとらえるのにセックスを(アーヴィングの場合にはさらに「死」を)モチーフの1つとして重視する姿勢は共通だが、今に至るまでアーヴィングの扱いは終始抑制が利いていて、そこにもリアリティと心地よさを感じる。村上龍の場合は、その後ちょっと「行き過ぎた」気がしている。
 ジャックが生まれたのは1965年、幼馴染で義姉(?)かつ最高の「アドバイザー」エマはジャックより6歳年上という設定だ。アーヴィングの小説を最も楽しみにしている読者層と同年代ではなかろうか。
 (上)では1992年ごろまでを描いている。日本ほどの急上昇・急降下ではないにしても、世界中が右肩上がりの未来にまだ希望を持っていた最後の時代かもしれない。地球温暖化、食糧危機、枯渇する資源。発展し続ける世界というイメージを抱き続けている人は今やよほどの楽観主義者だろう。したがって、ジャックの人生も下巻ではそううまくはいかないはずだ(実を言うとこの書評を書いている間に(下)の最初の章を読んでしまったことを白状しなくてはならない。「おー」)。
 いずれにしても、まだ下巻があるということがこれほど楽しみな作品はそう多くない。
(初出 BK-1 2008/05/28)

明日を信じてチャレンジする勇気−−上原ひろみ、羽生善治。

上原ひろみ サマーレインの彼方
 上原ひろみのコンサートについては以前にも書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/Uu-rakuen/20051125)、この本を読んで改めてそのすごさに圧倒されました。彼女は常に全身全霊を傾けて音楽に取り組んできたことを私は信じることができます。彼女のコンサートへ行った人はみんなそう思うでしょう。
「(お客さんの反応が悪くても)けっしてあきらめてはいけないんです。(中略)全力でやっていれば、自分の思いもよらないところで、いい反応をもらえたりするからです。力を出し惜しみしたら、そこには何も起こりません」と、この本の中で彼女は答えています。
 「力を出し惜しみ」する−−「今後に備えて今は少し手を抜いておこう」などということは、好きなことをやっていて、何かを成し遂げたいと思っている人にはありえない態度なのだと実感できます。
 彼女は高校生の頃すでにチック・コリアと共演するほどの天才だけど、すべては音楽の為に、計画を立て、準備を整え、名門バークリーでもチャンスを勝ち取る為にできる限りあらゆる努力をしてきたことがこの本を読むとわかります。
 大切にしていることは「努力、根性、気合」だと彼女は言います。今の彼女−−名門レーベルと契約しワールドツァーで世界中をめぐっているジャズミュージシャン−−の答えとしては、これはすごい言葉だと思います。電子楽器を肩に背負って、太平洋のまぐろみたいに泳ぎ続ける上原ひろみという26歳の女の子にとって、世界中の聴衆を相手に自分の音楽を伝えきるためには、確かに「努力、根性、気合」は不可欠に違いありません。命がけだということがビシッと伝わってくる。
 そしてもう1つ、私の気に入っている彼女の美点は、それでもなお自分を育ててくれた人に対する感謝を忘れず、生まれ育った故郷(浜松)を愛し、自分という存在に対して謙虚なところです。
 音楽家としてのヴィジョンは?という質問に彼女はこう答えます。
 「音楽に関しては、ずっと勇気を持ち続けていたい。(中略)たとえいい評価をいただいたとしても、現状にけっして満足しないで、その次にはまったく新しいことにチャレンジできる勇気を持ちたい」と。
 彼女のような人が謙虚であるということは本当に美しいことに思えます。今日の自分に満足しない。もっと成長したい、成長できると信じている。だから彼女のライバルは「昨日の自分」なんですね。すごいと思います。

羽生善治上原ひろみ

 将棋の羽生さんが少し前に見たテレビ番組で同じ趣旨のことを言ってました。20代、彼は前人未到の7冠を達成する。しかし歳とともに閃きはどうしても衰える。タイトルは1つ減り2つ減り、1つになってしまいます。だんだん思い切った手を打てなくなってきた自分に気づく。だから敢えて定跡にとらわれない手に勇気を持ってチャレンジしていると語っていました。そして今はまた王位・王座・王将の3冠まで戻しています。
 将棋に関心のない方のために言えば、羽生善治という人は、36歳という年齢にしてすでに成し遂げた実績からだけみてもおそらく将棋史上最高の天才であることは疑いようがありません。
 定跡は長い経験に裏付けられたものだから、正解である確率が高いけれど、どんな局面でも常に100%正しいわけでもない。もしそうならすべて定跡どおり打てばよいわけで、棋士が存在する必要がないし、コンピューターの方が強いことになりますが、諸説あるもののコンピューターが将棋のトッププロに勝てる日はおそらく当分やってこないと思われます。(ちなみにチェスでは世界チャンピオンとコンピューターはすでにほぼ互角です)。
 定跡など、およそプロの棋士ならば誰もが知っている既知の差し手でもあります。トップレベルの棋士の対戦では、定石を覆すような手をいくつ打てるかが勝負の分かれ目であるはずです。そういうリスクを負うには勇気が必要です。それは今日よりも強いはずの「明日の自分」をどのくらい信頼できるかという話なんだろうと思います。